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財務官僚の高笑いが聞こえる。野田(カバいや○カ)首相の所信表明。 2011/9/14(水)

野田首相の所信表明演説。いや財務官僚作文演説。
 
「声なき未来の世代に、これ以上の借金を押しつけてよいのでしょうか。今を生きる政治家の責任が問われている」と述べ、消費税率の引き上げを含む歳入改革に取り組む決意を示した。そのうえで、「経済成長と財政健全化は車の両輪として同時に進めていかなければならない」と強調した。

 ああ、どこまでも財務官僚の作文通り。空っぽでありながら石頭の野田首相は、骨の髄まで財務官僚に洗脳された。低姿勢は柔軟性の現れではなく、単に石頭を下げているだけ。増税一直線なのだ。

 「経済成長と財政健全化は車の両輪として同時に進めていかなければならない」この一節に、絶望的なまでに財務官僚の作為が潜んでいる。
 経済成長と財政健全化は、断じて車の両輪ではない。これらは、アクセルとブレーキである。同時進行ということは、アクセルとブレーキを同時に踏むということに他ならない。両者は、相矛盾した方向性を持つのだ。

デフレ脱出のため、経済成長しようとすれば、一次的に財政出動が必要となり、財政赤字となる。
財政再建しようとすれば、緊縮財政となり景気が悪くなる。こういう逆相関という普遍的関係にある。

まずは、アクセルを踏むことが最優先(デフレ脱出が最優先)。経済成長して初めて税金が国庫を潤す。すなわち財政再建が可能となる。アクセルを踏み込んで、はじめて財政再建が可能となる。最低でも名目成長率4%程度になるまでアクセルを踏み込んで、安定走行とする。その上で、財政再建というブレーキを踏んでも、減速はするが前進していける。順序が大切。しかし、最初からアクセルとブレーキを同時に踏んだら車はそもそも発進しない。


 「声なき未来の世代に、これ以上の借金を押しつけてよいのでしょうか。今を生きる政治家の責任が問われている」
 これをもって増税を容認するとの根拠としているが、よくもこんな事が言えるものだ。

 実は、現在ただ今、借金もせず、増税もせず、復興財源を作る手法が、厳然として存在してるのにそれをしない野田首相に、このセリフをいう資格はない。いやこの原稿を作文した財務官僚に、このセリフをいう資格は断じてない。

 世界中の中央銀行がやってきて、日銀だけがやってこなかったこと。
インフレ目標を採用し、国債買いオペを弾力的に行うことである。国債買いオペが日本が慣れていないのなら、国債引き受けも同じ意味を持つ。

 実は、日銀の国債引き受けは、禁じて中の禁じてと白川日銀総裁は言ってきた。しかし、実は国民の知らないところで、毎年、毎年、国債引き受けを日銀はしているのだ。この事実は、野田総理が、財務大臣の時代、野田氏自身、情けない事に知らなかった事実である。知らなかったという事は、財務官僚が教えていなかったということである。
 毎年、毎年、行っている国債引き受け、これを復興債の引き受けにすれば、いますぐにでも復興財源となるのである。今年度の予算で、すでに予算化されている。

 高橋洋一氏によれば、今年度、日銀保有国債のうち30兆円が償還される。現実には、日銀は12兆円だけを引受する。(このように毎年、12兆円レベルの引受を日銀は行ってきたのに、表向きは、引受は禁じて中の禁じ手で、ハイパーインフレを起こすとか、通貨の信用を損なうとか言ってきた。よくもいえたものだ。日銀の厚顔無恥にはあきれる。)
 残りの18兆円は、放っておけば、償還され日銀のバランスシートが減る。
諸外国は、どんどん中央銀行のバランスシートを増やしてきた。そんなときに、18兆円もバランスシートを減らすなんていうのは、デフレ経済の観点からもマイナスになる。
 これを減らさないためにも、18兆円の追加日銀引き受けをすればいいのだ。


 これだけでも、いますぐに18兆円の復興財源となるではないか。(幸福実現党つい木秀学党首によれば、70兆円程度までバランスシートを増やしても構わないと主張している。)

この事は幸福実現党つい木秀学党首も訴えている。

 このように、いますぐに何の問題もなく財源を作る手法があるのに、どこまでも増税したい官僚の意図通り、「声なき未来の世代に、これ以上の借金を押しつけてよいのでしょうか。今を生きる政治家の責任が問われている」と増税路線を走る、石頭・野田首相。

 だから、正心誠意、低姿勢を貫くという、野田首相の低姿勢は、増税しなくてもいいのに、何が何でも増税したい財務官僚のわがままを通すための偽りの姿なのである。それを本人は、勝海舟きどりで「正心誠意」財務省のわがままを通させて頂きますとやっているわけだから、馬鹿に見えるのである。
石頭を下げれば下げるほど、財務官僚の高笑いが聞こえてくる。馬鹿丸出しという事である。

 日銀国債引き受け、この方法が、今すぐにでも、今年度予算内で実行できるのである。

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枝野幸男 新・経産相の「法律脳」考 2011/9/13(火)

 鉢呂前経産相の辞任により、枝野幸男氏が後任の経産相となった。

 前官房長官として、政府報道官(スポークスマン)として、マスコミへの露出度はNO.1クラスの政治家だ。ゆえに、枝野氏の「弁舌」に接する機会が多かった。

 確かに、枝野氏は、多弁で、一見、聡明才弁、弁舌さわやかな人間に見える。しかし、私は枝野氏の多弁に腑に落ちないものがあった。何か、信頼をおけない気持ちがあった。

私の違和感は、論語の「巧言令色、鮮矣仁」(こうげんれいしょくすくなしじん)が説明してくれるのかもしれない。
これは、『論語』の中でも殊に有名な言葉だ。口先ばかりが上手で、表面上の愛想ばかり良い人は他の人に対して慈しみやいたわりの心が少ないという意味だ。

 枝野氏の多弁に、なぜか、慈しみ(慈悲)の心を感じれない私の違和感を説明してくれているかもしれない。

すると、幸福実現党名誉総裁大川隆法氏が、枝野氏を称して「法律脳」という言葉を使われた。

なるほど、法律脳!

 弁護士特有の脳の回路のことだと思う。つまり、全ての判断が「法律」を根拠になされる。法治国家としてある意味、当然かもしれないが、そこに「情緒」が入る余地がない。

 やはり、指導者としての魅力に、「情緒」という要素があるのではないか。その点、枝野氏の多弁に情緒はない。たとえば、ひと世代前の政治家になるが、ミッチーこと自民党、故渡辺美智雄氏などは、方言まるだしで多弁であったが、そこに味があった。人情味があった。磊落豪雄型の風格があった。

 これらのひと世代前の政治家と比べると、総じて、人情味のない政治家ばかりになった。
元々左翼活動家の枝野氏の多弁に、誤魔化されることなく、気をつけなければならないと思う。理屈だけで人が動いているわけではない。理論だけで人が動くのではない。感情、情で人は動く。
左翼活動家が、最期総括と称して、リンチにより人を抹殺するのは、そこに「慈悲」の心が一片もないのである。
 机上の理論通り、人間が動くことはない。法律脳・左翼的頭脳を持つ「人」が、慈悲心を持っていると思えないのである。枝野氏の多弁(理論武装)に、要注意。


 以下に、大川隆法氏著「ストロング・マインド」から、各世代に必要な徳目をまとめた箇所があるので紹介させて頂く。総じて、民主党の若い閣僚は、法律脳的聡明才弁タイプが多いと思う。かといって、年齢のいった閣僚に磊落豪雄・深沈厚重の徳目があるわけではない。

 若い頃、左翼活動家、市民運動家として表面上の聡明才弁型タイプの方が、そのまま年をとって冴えを失ってしまっただけというタイプが多いのではないか。磊落豪雄・深沈厚重型に移行する「徳」を積んで来られなかった人が多いのではないか。
 鳩山由紀夫氏などは、磊落豪雄・深沈厚重型とは最も遠いところの存在、不見識・不徳の塊としての宇宙人でしかなかったわけだ。菅直人氏は、市民ゲリラ首相として、日本の憲政史上、最低最悪の、想定外首相だったわけだ。
 そこに「徳」が存在していない。

いまこそ、磊落豪雄・深沈厚重型リーダーを切実に望む。

野田首相は、どじょうのように本質を泥の下に隠し、深沈厚重型に見せかけているが、どうやら「無思想・空っぽ・官僚丸投げ(財務官僚のいいなり)・日暮れ腹減りビールがおいしい型という意味で、特段言うべき事がない、それが一見、深沈重厚に見えなくもない。」、そういった意味で凡人としての庶民宰相ではある。
さらに詳しくは
 野田総理の潜在意識深くに穿ちいり、その本音を暴く
「『沈みゆく日本をどう救うか』-野田佳彦総理のスピリチュアル総合分析-大川隆法著 9/20(火)に緊急発刊!!」
を是非、ご参照ください。


○聡明才弁(そうめいさいべん)・・・子ども時代、学業時代、青年期に目指すべき器のことで、頭脳明晰で弁舌のさわやかな人間のことです。この時期は、社会で有用な人間を目指して自己鍛錬をするべきです。


○磊落豪雄(らいらくごうゆう)・・・リーダーとしての大きな器のことです。それは、人を導いていく 力、受け入れる力、包み込む力、受け止める力。人の間違いを許す力、間違ったものを正しいものに変えながら、根気良く導いていく力などです。頭のいい人は悲観主義者になる傾向がありますが、本質的な楽観 主義を持たなければだめです。


○深沈厚重(しんちんこうじゅう)・・・しだいに考え深くなって、深く静かに考える性格のことで、西郷隆盛がよく引き合いに出されます。智慧を磨き、練り上げる間に、重い性格、そう簡単に動かない、どっしりとした性格を創り上げていく必要があります。深い智慧と、不動心、平常心を兼ね備えた人格が必要になってきます。

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鉢呂経産相 「死の街」考 2011/9/12(月)

 鉢呂経産相が、福島第一原発の周辺市町村について、「市街地は人っ子一人いない、まさに死の街という形だった」と発言しことに端を発し、非公式の囲み取材で「放射能をつけたぞ」と記者に服をこすりつけた事実も暴露され、辞任した。

 入閣時、嬉しそうにモーニングを着る姿が報道されたばかりだが、このみじめな顛末に、怒りというより哀れを感じた人もいるだろう。もはや、こうなると国会議員は、マスコミにもてあそばれる滑稽な、国民の嘲笑の対象、ピエロそのもだ。

 非公式の取材での、「放射能をつけたぞ」発言は、一体、この前後の文脈が何だったのか。

マスコミが、その気になれば、大臣の首などいつでも吹っ飛ぶ。大臣は、本音を一切口にしなくなる。ポロっと口を滑らせると、それで終わりだ。The Endだ。
 
 マスコミは第一権力者だ。国会議員の首を自由に斬れる「裁きの神」だ。

国会議員が、本音を一切言わなくなることで、国民が不利益を被る可能性があると思う。その点、ポロっと本音というか、失言しただけで首が飛ぶ体制は、怖い。結局、国民が不利益を被るからだ。

 私は、いま地上波AMラジオの番組にレギュラー出演している。その経験から、不特定多数のリスナー全ての人に賛同いただくことは無理だ。いろんな考え方、人生観を持った人々が存在している。
ゆえに、発言する際に気をつけていることは、エクスキューズを与えるということだ。つまり、
「○○○である・・・と私は思うんですよね、皆さんはいかがでしょうか。」

自分の発言と、リスナーの間に「緩衝材」を設けるのである。それをエクスキューズと言ってもいい。
緩衝材は、「と私は思うんですが、いかがでしょう?」とか、「○○○だ!あっ、ちょっと私言い過ぎちゃったかもしれません。不愉快に思われた方いらしたらお許しくださいね・・」

 鉢呂経産相も、「死の街」という表現しか思い浮かばなかったそうだが、緩衝材を設けるべきであったのだ。「本来、被災者の皆さまの心中を察するのであれば、このような『死の街』という表現は不適切な事は重々承知しておりますが、それほどまでに衝撃を受けたのです。あえて使ったのであります。」みたいな・・・。

 このような「緩衝材・エクスキューズ」を思い付かないとすれば、デリカシーの欠如ということだろう。

政治家にとって「言葉は武器」なのだ。緩衝材を使いながら、本音を語らなければ国民の利益にならない。嘘をいったら、裏切ることになる。

 野田総理は、緩衝材を使うのは上手に見える、しかし、本音、自らの信念を貫くために緩衝材を使っているのではなさそうだ。ただただ、妥協するための、事なかれ・・、のために使っているようだ。

 いずれにしても、鉢呂氏は、哀れに見えるし、気の毒にもみえるが、言動を注視すると、三日天下にふさわしい方のようにみえる。

 もともと社会党の鉢呂氏。原発・放射線に対しては、徹頭徹尾マイナスのイメージしかなかったのだろう。原発が、日本の産業を、そして未来産業を支える大電力を供給する肯定的イメージがなかったのだろう。だから、原発ゼロにするとか、死の街とか、放射線つけたぞ!とか、徹頭徹尾マイナスの言葉しか出てこないのだ。
原子力を専攻した若い研修者達が、抱いた「未来を拓く希望のクリーン・エネルギー」というような肯定的イメージは皆無だったのだろう。
 そもそも原発という言葉が、原爆と韻をふんでいてマイナスのイメージがつきまとう。東電は原電というそうだ。
 いずれにしても、政権与党の閣僚は、バランス感覚が必要だ。単に、原発に対してマイナス・イメージだけを持つ姿勢は、産業界、国民を苦しめることになる。
 徹底的に原子力を憎む「経済産業相」が早くに辞任してくれたことは、日本にとってよかったのかもしれない。
 次に誰が来るか。

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石田三成の「志・忠・勇気・不退転」の精神を偲ぶ 〜関ヶ原をゆく〜 2011/9/11(日)


 歴女?なる若い女性が戦国時代の武将に興味を持ち、城、古戦場などを巡っていると言う。
岐阜県といえば、関ヶ原古戦場がある。
 関ヶ原の資料館のグッズの売り上げNO.1は石田三成グッズだそうだ。

 石田三成といえば、特に徳川幕府の御用歴史学者により、陰謀家、酷吏、冷血なエリートというようなイメージが作られた。しかし、近年の研究により本当の三成の姿は、純粋な忠義に生きた、高潔な志を持った勇気ある武将であったとする忠臣:石田三成像もメジャーになってきた。石田三成名誉回復論が彷彿と湧いてきたのである。

 そもそも関ヶ原の戦いは、わずか所領20万石の領主三成が、250万石の家康に挑み、五分に渡り合った、この事実は、死後直後から「敵ながら天晴れ。」という評価が存在していたことを忘れてはならない。
かの水戸黄門こと徳川光国が三成の事を、「義臣」と高く評している。

 これは光圀の言葉をまとめた「桃源遺事」に出てくる話で、意味を書き下すと・・・

「石田三成は立派な人物だ。人はそれぞれ、その主君に尽くすのを義というのだ。徳川の敵といって、三成の事を悪く言うのは良くない。君臣とも三成のように心がけるべきだ。」(検証:石田三成

 忠臣蔵を始め、命を賭けて忠義を貫くストーリーは、日本人の心の奥の、琴線に触れるのである。
この『忠』を体現する石田三成が、もっと広く言えば、真田幸村等西軍が、いま脚光を浴び、ゲーム等の影響もあって若い世代に人気を博しているわけだ。
 
 高潔な志に関しては、三成の紋の意味に見られる。

三成の紋は『大一大万大吉』!意味は「一人が万民(大)の為に、
 万民が一人の為に、さすれば世に幸福(吉)が訪れる」というもの!
Lamaのブログより

三成の幸福論が紋に現れている。

 三成の最期に関しては、徹底的に人格を貶めた江戸期の史書でさえ、りっぱだったと評価している。敗戦の将が、なにゆえに自害しないのかと問われた時、「源頼朝公が土肥の杉山にて、朽木の洞に身を潜めた心は分かるまい。」と、源頼朝が石橋山の合戦での敗戦から落ち延び、再起を果たした姿に重ねていたといいます。すなわち、三成は再起を果たす「Never Give Up!」、あきらめていなかったというわけです。

徳川に寝返った小早川秀秋が、最期の三成を覗き見ていたところ、三成に見つかり
三成は「私があなたの二心を知らなかったのは愚かだ。だが約に違い義を棄て、人を欺いて裏切りしたるは武将の恥辱、末代まで語り継がれて笑うべし。」といったという。忠義を貫徹し、死出への旅に出る三成の言葉は、秀秋の魂に突き刺さったのではないだろうか。

 
三成の辞世の句

筑摩江や 芦間に灯す かがり火と ともに消えゆく 我が身なりけり

筑摩=古来の琵琶湖東端の地名 三成の古里

 
 私は、輪廻転生を信じるものである。
辞世を遺し、何がしかの志に殉じ、散っていった英雄たちも、再びこの世に帰ってくる。
その一人、三成もきっと帰ってくる。


 昨日、三成の生涯を偲びつつ、関ヶ原古戦場、長浜市(旧石田村)を党政調会長黒川白雲氏、そして同志と廻った。

 三成から学んだ事(学問的知見ではなく、昨日のゆかりの地の訪問で思ったこと)

1.志:  天下万民の幸福を願う心

2.忠:  年老いた主君が若君を残して先だった。先代との約束を命を賭して護りぬく。

3.勇気: わずか所領20万石の領主三成が、250万石の家康に挑む。

4.不退転:関ヶ原に負けても再起を念じ、自害はしなかった。

 今の、私に照らして、
1.日本再建の悲願。
2.幸福実現党創立精神に殉ずる。この国を守りぬく。
3.ポピュリズムを排し、正論を訴え続ける勇気。
4.いかほどの困難があろうとも理想を把持し、行動し続ける。諦めない。

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増税容認57% 国民の善意の罠(わな) 2011/9/10(土)

 東日本・東北地方の復興・復旧のための増税を容認します。被災民の痛みを国民全体で分かち合いたいとし復興増税を容認する国民が57%。このような世論調査の結果が出た。

 純粋に国民の善意です。

しかし、この善意には、前提があります。それは、増税をして、増えた税収を復興に充てるという、あたりまえの前提です。増税=税収増という暗黙の了解があるようです。この「増税=税収増」というイメージが、国民の善意の前提です。税収増分を、被災地の復興のために使って欲しい・・・。

 しかし、この前提は、幸福実現党のみならず、かつての野田総理自身が、小泉政権の増税に対して反対していた通り、この前提は、『嘘』です。

 増税=不況=税収の減少 これが過去の事実です。野田総理自身が、当時、「97年の橋本政権の時、消費税を3%から5%に増税して、大不況となった。そして税収も減ってしまった。風邪をひいて弱っている人を、さらに肺炎にしてしまうのが増税だ。」というような論調で、小泉政権の増税を批判していた。

 その同じ、野田総理が、財務大臣時に、完全に財務省に洗脳されてしまって、財政再建至上主義、増税ありき論者に「変節」してしまった。
 もともと野田総理には、確固たる信念(マクロ経済の理解)があって、小泉政権の増税を反対していたわけではなかったのだろう。その時、その時の政局に合わせて、風見鶏よろしくひよっていたのだろう。

 いずれにしても、
『増税=税収増』は必ずしもそうではない。もっといえば、ここ十年、二十年の日本を見た時、「嘘」といえるのである。
『増税=不況=税収減』これが、事実であった。

 増税路線を突き進む野田内閣にとっては、むしろ、自民党の方が味方である。民主党内に逆に反対論が大きい。増税一点に絞れば、民主党と自民党は同じだ。これこそ自民党の情けないところである。国防のところでもし自民党が日和見になったら、もう自民党なんか不要だ。

 国民の善意が踏みにじられる日は近い。幸福実現党は、風邪をひいて弱っている人を、さらに肺炎にしてしまうような増税に断固反対です。今後とも、キャンペーンを展開していきます。

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絶望内閣 〜公明に媚を売るために保守の魂・志を売った野田佳彦〜 2011/9/8(木)

絶望などという言葉を使う時は、相当な覚悟の上である。酔生夢死の人生を送る凡人には、一生のうち一度たりとも使えない言葉であろう。私自身も、使う資格のない人間である。

 絶望などという言葉は、命を賭けて生きている人しか使ってはならない言葉と思う。
絶望内閣という言葉は、青山繁晴氏がアンカーにおいて野田内閣を評して使った言葉である。
「このままでは、絶望内閣」
このままという言葉を添えておられる。あまりに救いがないので、使われたにすぎない。

 青山氏が指摘されたポイントは、このような事だ。

まず、小沢派からごり押しで押し込まれた二人の閣僚。一川保夫氏と山岡賢次氏。両氏はどこも引き受け手がないので、やむを得ず、防衛相と国家公安委員長に押し込んだ。

 中国が、保守を自称していた野田新総理の反応をさっそく見るために、尖閣諸島(久場島)沖で領海侵犯を犯した。いかなる反応を野田新首相がみせるかを実験したのだ。
 すると、防衛大臣に、「素人だから真のシビリアンコントロールだ!」というトンデモ発言をした一川保夫氏を起用した。ど素人防衛相を、領海侵犯直後に置いたのだ。
 これがいかほど間違ったメッセージを中国に送ることになったか、防衛省の複数の幹部が嘆息したという。
 中国に甘いというメッセージを送った。

 山岡賢次国家公安委員長・拉致問題担当相は、マルチ業界との癒着、そして過去拉致問題に関しては一切なにもやってこなかった方だ。これもトンデモ人事である。北朝鮮にも誤ったメッセージ(拉致問題に対して本気ではない)を送ったことになったという。

 菅元総理が、退任する直前、どさくさにまぎれて朝鮮学校の高校授業料無償化を指示した。これに対して、野田総理は、「厳正に審査をしていただいきたい」と官僚答弁をした。つまり何もしない、撤回
する意志なしということである。
北朝鮮に甘いというメッセージを送った。

 
そして、
 17閣僚のうち10人までもが、「在日韓国人をはじめとする永住外国人住民の法的地位向上を推進する議員連盟」のメンバーであるのだ。これは在日韓国人などに地方参政権を与えるという議員連盟である。野田首相は領土問題にも毅然とした態度をとるとする政治家だったはずだ。韓国は竹島を不法占拠したままだ。
 韓国にも甘いというメッセージを送った。(これは従来外国人地方参政権の実現を目指している公明党に対しても重要なメッセージとなっている。)

 このように、保守政治家としての矜持、魂を売ってまでして実現しようとしている事は何か。

それは、民・公連立である。

これには、他にも決定的証拠があるという。
内閣参与に成田憲彦駿河台大学前学長を起用したことだという。
成田氏は、かねてより小選挙区比例代表連用制という公明党のような小政党に有利な選挙制度に変えるべきだと主張している方なのである。組閣直前に、公明党で成田氏は講演をしたという。
 この制度は、小選挙区で負けた政党ほど比例区で有利にしようという制度だそうだ。青山氏はこの制度は大反対だという。

 そして、民・公連立政権により実現すべき一丁目一番地の政策は、増税である。
党税調を復活させ、会長に藤井裕久氏を起用した。藤井氏は財務省と一身同体の増税論者である。

 増税をして、日本経済を奈落の底に突き落とし、中国、北朝鮮、韓国に国を売り渡す、、この表現が、あながちトンデモ発言・嘘ではない、現実味を帯びる可能性がある。

 保守政治家の矜持・魂を売り渡してでも、増税をするという意図を、どじょうのように泥の中に潜ってカモフラージュするというのが野田内閣の真骨頂なのだ。

 絶望内閣と絶望する所以である。

野党自民党も増税路線は同じ。大きな政府を志向している点は、民主党に変わりはない。

 すると、残された政党、政治団体で、真実の保守、真正保守は、幸福実現党だけになってしまった。

減税を主張し、経済成長を主張し、自ら国を守る気概を吐露している政治団体は、幸福実現党のみである。
薩摩、長州のごとく辺境の地から真実の近代革命、明治維新が起きた。辺境論である。現代における辺境は地理的なものではない。最大の辺境地は、「宗教」である。宗教政党幸福実現党から真実の革命が、自由からの繁栄、幸福維新が起きる、いや、起こすのである。

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『無知の涙』 無策としての増税 あきらめの増税 2011/9/6(火)

 いま、盛んに世論調査の結果がTVニュースなどで発表される。

国民の60%近くが、「復興のための増税を容認している。」

安住淳新財務相は、言う。

「国民の皆さまの(増税を容認する)温かいお気持ち(ご理解)誠にありがたい。」

 この国民の温かい増税に対するご理解の上で、国民の皆さまには痛みを分かち合って頂きます。
増税を容認して頂き、誠にありがとうございますというわけだ。

 まったく涙が出る。感動ではなく、おまりの情けなさに涙が出るのである。
野田元財務相も、安住新財務省も、これはもう近い将来『無知の涙』という涙を流されることになろう。
御両人のあまりのマクロ経済に対する見識の無さで、国民がさらに塗炭の苦しみを味わうことになるからである。
 御両人は、自らの「無知」に涙する日が来るのである。

 無告の民・日本人は、増税を容認する前提は、増税すれば税収が増えるという無批判の前提に立っている。これが間違っているのだ。国民自身が、職場を失うことになるかもしれない。増税による消費不況により、景気がさらに悪化し、会社が倒産する。増税を容認した国民の善意の結果が、これである。
東北の復興を助けたいと思っていたはずが、自ら自身を助けることすらできなくなるのである。

 97年の橋本内閣の大増税に対して、当時の民主党、野田氏を含め、「風邪気味の人から増税を課して、肺炎にしてしまうつもりか」と言っていたではないか。それが、財務官僚の大秀才に、すっかり洗脳されてしまった。

 破滅への道は、善意で舗装されているのだ。

 痛みを分かち合うという善意で、増税を容認し、その挙句の果てが、国民がさらなる不況にあえぐ羽目になるのである。税収がさらに不足し、さらなる増税が課されるのである。

 いま、やるべきことは、幸福実現党名誉総裁大川隆法氏が仰っていることに尽きる。
『今やらなければいけないことは逆であり、円高を利用して海外のものをどんどん買いつけ、内需主導型で経済を大きくすること。円の信用が高いのだから、国民からでも外国からでも借り入れをし、外国の投資を呼び込んだりして、東北の震災被災地復興などのために大胆な積極投資をすればいい。』

 つまり、復興債の財源は、赤字建設国債でよし、本当は日銀が国債を直接引き受ければなおよし。これだけ円の信用が高いのだから、借り入れて、復興事業に積極投資をすればよいのである。子や孫に借金を残してはいけないという理屈は、国の経営と家計を混同した素人議論である。

 極論すれば、どこの国が財政赤字を真面目に返そうとしているというのか。償還期限はあって無きが如しである。どんどん借り換えし、やがて蒸発してしまうことを見込んでいるのだ。経済成長戦略さえしっかりしていれば、借金は蒸発してしまうのだ。これは無責任な極論に響くだろうが、往時のアメリカなどは、借金返済は、ドルを印刷するか、軍事力で踏み倒すか、どちらかの話だったのだ。

 まあ、踏み倒すとは極論であろうが、民主党政権のあまりのケチケチぶりは、これは倹約という美徳ではなく、単に経済オンチというだけの話だ。

 日銀が復興債を直接引き受ければ、一円の増税も必要ない。一円の借金も必要ない。膨大な復興需要があるのだから、デフレ脱却のチャンスでもある。復興債をすみやかに発行し、大規模な公共投資を被災地で行うべきである。政治家の決断で、明日からすぐ出来ることである。

 「ああ、無知の涙。」という懺悔本を野田総理、安住財務相の共著で出版される日は近い。


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一色正春氏に衷心より御礼申し上げる。 2011/9/4(日)

 昨日、永田町星陵会館にて「国防シンポジウム 〜尖閣事件から一周年 日本のあるべき国防政策〜」が開催され参加した。二階席まで埋め尽くされ大盛況であった。

 日本の国防を考える会主催で、予備自衛官制度を普及する会、幸福実現党が協賛した。党が協賛したゆえ、参加させて頂いた。

 基調講演は、地政学の日本における第一人者、奥山真司氏による「地政学から見た日本の安全保障政策」

来賓講話として、
「尖閣諸島が突きつける日本の課題」一色正春氏
「日本のあるべき国防政策」ついき秀学党首(幸福実現党)


 三氏に共通する認識として、国防を考える上で、法整備は大前提であるが、法整備をしたからといって対処できるわけではない。法律そのものが自ら意思決定するわけではない。人間が判断し、法の適用、執行を決断するのである。

 この判断、決断する人間(リーダーシップ)が一番大切な部分である。

 政治家、指導者の「気概」「徳」が、最大の原動力であるということ。法律そのものではない。

一色氏は言う。尖閣諸島沖中国漁船衝突事件でも、なぜか、船長の逮捕容疑が公務執行妨害(罰金50万円以下)であった。しかし、外国人漁業に関する法律違反の方が、立件が容易でかつ船舶の没収も可能であり罰金は400万円以下と重い。

 このように適用されるべき法律が存在し、立件が容易で、罰も重いにもかかわらず、最初から民主党政権は腰が引けていたのである。領土を守るという「気概」がないからである。為政者に気概なくば、法律も存在していないのと同じだ。

 奥山氏は言う。いまの日本で一番大切なものは、ファースト・イメージであるという。ファースト・イメージとは、「個人の意志」で、国防でいえば、国を守らんとする個人の意志、いま、自分が立ち上がらなければ日本が危ういという、個人の当事者意識である。吉田松陰の黒船への密航も、ファースト・イメージから行われた行為であった。

 ついき秀学党首も、政治家として国防に取り組む時に必要な精神的態度の第一番目に、「気概」をあげていた。組織論理ではない。個人の気概である。

 セカンド・イメージとは、「組織・グループ」が対象となる。

 サード・イメージとは、「時代環境、国際環境」が対象となる。

sengoku38こと一色氏のビデオ公開は、ファースト・イメージにおいて行われた英雄的行為である。セカンド・イメージを立脚点としていれば、隠ぺい、事なかれ主義で終わったであろう。

ファースト・イメージが時代を切り開く。セカンド・イメージからは、官僚制のように組織維持が優先され、回天のエネルギーが湧出してこないのであろうか。
 同時に、サード・イメージを立脚点にすれば、この国際環境を考えると、日本の危機が浮き彫りになり、個人の決起を要請しているのである。

 自分が行動しなければ国民に真実が伝わらない。自分でしか本当のことを伝えられない。このファースト・イメージにより、一色氏の英雄的行為がなされたのだ。

 一色氏は、自らの行為を英雄的とは思っておられない。日本人として当然のことをしたまでだと仰る。

初めて直接に見る一色氏は、饒舌な方ではない。肩に力が入って力んでいる方ではなく、漂々としたさっぱりした方にお見受けした。「自分の考えを押し付けるつもりはない。ただ本当の事を知って頂ければ、事実そのものを知って頂ければ、日本がどういう方向に進むべきか、自ずと見えてくる。だから、考えを押し付ける必要はまったくない、事実・真実を伝えるだけでいい。(尖閣で何が起こったか、その真実を知るだけで、国の取るべき道筋が見えてくる。)」
ただ、一色氏らしいと思った言葉が、「覚悟があるか。」これである。究極の覚悟とは、「命を賭けることができるか。」であろう。


 事実を伝えるだけで、生き筋がわかるという。ということは、いかに事実が語られていないかの証左でもある。

 そうなんです。国民の真実を知る権利が著しく侵害されているのが現代の日本なのです。マスコミには報道しない自由もあるのだという。国民の知る権利に奉仕するのではなく、報道しない自由を駆使して国民を洗脳することも出来る、いや、実際、洗脳が行われている。

 国民の知る権利に奉仕すべく、真実を国民に知ってもらうべく、職を賭してビデオ公開した一色氏の行為は、ご本人がいくら否定されようとやはり「英雄的行為」であった。

 本来、主権者たる国民の知る権利に奉仕しなければならないのは、政治家、マスコミ自身であろう。しかし、その政治家、大マスコミ自身が、セカンド・イメージの中で真実を隠蔽する側に回るのだから、最期は、個人、ファースト・イメージに立脚した個人で戦うしかない。そして、たった一人の目覚めた個人を出発点とし、個個人が連帯しチームワークを発揮できれば、時代を変革する回天のエネルギーとなると思う。

 シンポジウム終了後、党の学習会にも奥山氏、一色氏が引き続き参加して頂けた。

かねてより、一色氏に感謝の言葉を直接述べたいと思っていた私に、チャンスが訪れた。

「一色先生、先生が、昨年ビデオを公開された時、私は沖縄にて、県知事選を戦っておりました。先生の行為は、当時の私(同志たち)にどれだけ勇気となったことか。『この日本に、まだサムライは存在した!』と泣きだしたくなるような感慨(感激)で一杯になりました。一色先生、先生の英雄的行為に本当に感謝します。」

 現代日本の情けない政治状況を再生する端緒となるであろう、職を賭しての勇敢な行為者、一色正春氏に直接、感謝の言葉をお伝えできた事は、望外の喜びです。関係者の皆さまありがとうございました。

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菅よサヨナラ どじょうよコンニチワ 「左菅”」 2011/9/3(土)

 政治活動に従事しているがゆえに、日本を憂えるがゆえに、ずっと、菅政権をおっかけ批判してきた。
菅政権がなんの感慨もなく、何の精神的余韻を遺すことなく、ただただ災難が去ったかのごとくに、終わった。

 次は、アンチテーゼとして、高貴なる義務を負う「哲人宰相」を無理とは知りつつ夢想した。

ところが、次なるものは、どじょう宰相だった。

魂が完全にけがれてしまった。
すっかり汚れちまった気分だ。

だから、何かカタルシスを求めたのである。





汚れちまった悲しみに  中原中也


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廃墟のような孤独感を漂わせる菅元首相。 2011/8/31(水)

 先に行われた民主党代表選では、どの陣営からもお呼びのかからなかった菅直人元首相。

 いまや、その姿には、大変な孤独感が漂う。その孤独感も尋常ならざるものがある。廃墟のような孤独感なのだ。
そう、菅直人元首相のもとで、ある意味、日本そのものが廃墟となってしまった。日本を廃墟とするようなとてつもない破壊エネルギーを持った、ある意味、おそるべき首相だったのだ。その破壊エネルギーを行使できた、拠り所であった権力の座を降りた菅直人は、今度は己自身が廃墟となりつつあるのではないか。(生活を完全破壊された人々の怨念の復讐によって)

 最期の売国破壊者としての置き土産が、「朝鮮学校の無償化再開指示」だ。
代表選一色の舞台裏で、こっそりと「朝鮮学校の無償化再開指示」を高木文科相に、これまた唐突に行った。
最期の最期まで、血迷った判断をする「輩」である。

 廃墟のような孤独感を漂わせる菅首相の姿をTV等で見るにつけ、このような「輩」が、日本の総理大臣だったのか、といまさらながら日本の不幸に、日本の運の悪さに嘆息するのである。幸福実現党は、この顛末を警告・予測していた、ゆえに2009年の夏、衆院選で『政権交代選挙ではなく、国難選挙である』と訴え戦ったのである。
 いまでこそ、国難・国難という言葉は聞かれるが、実は、2009年当時、国難と訴えていたのは、幸福実現党ただひとりだったと思う。
 
 なにも後付けで言っているのではない。幸福実現党大川隆法名誉総裁は、もう一年以上前から、鳩山政権時代から、次なる菅直人の本質が国家破壊主義者であることを見抜き、国を滅ぼす者と世に警告し続けておられたのである。こういった事実を、本来、マスコミは検証すべきである。宗教という事で、完全無視しているのだろう。
 日本は、北朝鮮と同じ構造を持っている。一方の言論の自由は保障されているが、他方の言論の自由は一切封殺されている。
反原発・脱原発・反核のデモであれば、例え数十人の規模のデモでもしっかり報道される。しかし、原発維持・原発推進を訴えるデモであれば、例え1000人規模のデモでも報道されない。これは、北朝鮮と変わらないのである。言論の自由が、事実上、左翼においてのみ保障されているが、一部保守・宗教においては完全封殺されているのである。

 ここに真の自由はない。北朝鮮と同じ構造を持っている。

この現代日本において、支配階級である左翼陣営の、圧倒的「権力」のもとで、民主党政権が生まれ、ルーピー(ループという意味合いから、日本語のクルクル・○ーに近い)鳩山政権が生まれ、菅政権が生まれ、二代で、日本の国益を無茶苦茶に棄損してしまったのである。

 鳩山・菅政権の共犯者として大変重い責任を有するマスコミは、何事もなかったかの如く、野田新政権誕生の報道に明け暮れている。野田氏自身も、菅政権の閣僚として、連帯責任を負う。菅政権の総括、反省がなされていない。

 いま、日本は、政治家、マスコミ、官僚等、無責任集団の天下と化している。


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本日、民主党の代表選。 2011/8/29(月)

 本日、民主党の代表選。

 時代精神を体現するようなカリスマを望むまい。しかし、それでも、一国の総理大臣になる代表。
なにがしかの人格の輝きが欲しい。日本人として、同時代人としての高揚感を、せめて少しでも味わいたい。
同じ歴史体験を共有してきたという連帯感みたいな、せめてもの高揚感が欲しい。
 歴史体験の共有というのは、同時代のたかだか数十年の歴史体験だけではない。
日本民族が体験してきた「歴史(日本史)」を、魂で共有しているということも含まれる。

 今回の代表選、そのメンバーの立ち居振る舞い、弁舌を見聞きしてもなんら高揚感がない。

なにゆえ、ここまで高揚しないのだろう。

 鳩山内閣、菅内閣、共に、閣僚の誰一人靖国参拝をしなかった。そして、昨年秋の、尖閣諸島沖中国漁船衝突事件の顛末、国を売る指導者たち。民主党と北朝鮮の関係の深い闇。この絶望的・売国的民主党の深い闇に、おそろしいものを感じていた矢先、菅首相の退陣。妙に軽薄な代表選が始まった。
 猿山のボスの勢力争いのような、悲しき政治屋の政争。

傀儡人形の代理戦争と民主党代表選を皮肉る国会新聞の宇田川氏の言は、まさにその通りと思う。

宇田川氏曰く

 ・北朝鮮や外国人、アウトロー勢力とのつながりの「前原誠司」
 ・財務省という領袖を仰いだ「野田佳彦」
 ・小沢、鳩山を表に出せない「海江田万里」
 ・若手の不満分子の代表「馬渕澄夫」
 ・上記以外の中間派、というより優柔不断勢力の代表「鹿野道彦」



海江田氏が、この期に及んで「生活第一」のマニフェストの原点に戻るという。これだけ、国民の生活を破壊しておきながら、菅内閣の国務大臣だった海江田氏がどの面下げて言えるのか。

 国難の先頭に立ちたいと、前原氏は言った。

 この期に及んで、大震災・大津波発災後、もう半年が過ぎようとしていて、本格的復興ができていない、何にも出来ていない。
 国難といえば、2009年夏の衆院選挙の前から、国難を訴え、民主党の危うさを訴えてきた我々幸福実現党からすると、この期に及んで、国難の先頭に立ちたいという前原氏を見ていると、一部世間の前原評「口先だけ」に、なるほどとうなずけるのである。前原さん、「国難の先頭に立つ」という言葉を軽々しく言ってほしくない。

 「国難の先頭に立つ」とはどういうことか。

まさに命がけなのである。ちっぽけな利害に徹底的に無頓着な馬鹿一の姿なのである。

我々は、党名誉総裁でもある大川隆法幸福の科学グループ総裁の不惜身命の姿を見てきた。
 2009年の初夏、幸福実現党立党以来、国難(主に対中国、対北朝鮮)を訴え、大量の政治思想の書籍を世に問い、この二年だけみても百数十冊という著作を世に問い、何百回という講演をこなし、海外にまでその講演会は及んだ。尖閣諸島事件直後には、「国境を守る人々へ」と題して石垣島でも講演会を持たれ石垣市長はじめ、直接島民に訴えかけた。もはや人間業ではない。毎日毎日、毎週毎週、著作・講演収録、あるいは、講演会が開催されている、そして著作の出版がなされているといっても過言ではない。

 大川隆法党名誉総裁は、2009年の衆院選に際して、こう言われた。
「たとえ、選挙に出ることによって、母体となる宗教法人が潰れても、日本を潰すことはできない。私は、日本に殉じる。」そこまで国防上の危機感があったのである。選挙に落ちようが、世間から何と言われようが、国難に立ちあがったのである。「やむにやまれぬ大和魂」であったと、名誉総裁もあとから回想された。

 このように、まさに、不惜身命で粉骨砕身、日本のために、世界のために正論を説き続けている「御姿」を拝していると、前原氏の「国難の先頭に立つ」という言葉が、正直、許せない気持ちになるのである。

 前原氏は、日本に殉じる気概ありや。民主党が潰れても、日本を潰さないという気魄ありや。

北朝鮮に醜聞あり(弱みを握られている)とする疑いを本当に否定する正義ありや。

いま、求められているのは、党内融和とか、そんな内部事情なんかどうでもいい。民主党が潰れても、日本を潰さない気魄である。

 残念ながら、5人の候補者から、民主党などどうでもいい、日本を潰すわけにはいかないというような気概は見られなかった。

 それどころか、宇田川氏のいう通り、彼らは、傀儡人形にすぎないのだ。

 青山繁晴氏のいう通り、「誰が総理になっても、地獄。」これが残念ながら近い将来の政権の姿であることは間違いなさそうだ。


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マスコミに作られた(前原)政権は、マスコミに殺される。 2011/8/26(金)

マスコミに作られた政権は、マスコミに殺される。

国会新聞・宇田川敬介氏のブログに書いてあった表現である。(青表示リンク)
マスコミ人の洞察だけに鋭い。

 もはや、マスコミの報道に接していると、前原総理大臣様扱いだ。

ここ数日の前原総理大臣様扱い報道に大いに疑問を持っていたが、宇田川氏のブログ、そして幸福実現TVでゲスト宇田川氏が語られた抱腹絶倒の内容で、氷解した。この幸福実現TV【最新】「どうなる代表選!国会から見る、日本の未来」は必見である。(青表示リンク)

 永田ガセネタメールの話、外国人献金問題も外務大臣を辞任しただけでなんらけじめをつけていない。93年99年の北朝鮮訪問の話、暴力団関係者からの献金や付き合い、自殺された父親の経歴問題などまで含め、今ささやかれているスキャンダルは非常に多い。しかし、それらを完全に伏せてしまい「期待の前原」「本命の前原」というように、それらを包含したような、包含してないような報道しかしていない。

  ↑ 宇田川氏のブログの一節である。 
 
なぜ、49歳にしてこれだけのスキャンダルを持っている前原氏が、スルリとマスコミの身元調査をすりぬけてしまうのか?そして、若年スキャンダル王の前原氏をマスコミは総理大臣にさせようとしているのか。
 
 その動機が、抱腹絶倒モノなのである。記者の個人的恣意的そして絶望的動機なのだ。

 これでは、日本が潰れてしまう。笑いながら、絶望的危機感を感じるのである。

宇田川氏出演の幸福実現党TVをご覧あれ。(上にリンク表示)


番外編; 人間の容貌等についていろいろ言うべきでないとは、思いますが、ただ、一国の総理となれば、話は別。
 日本の歴史、伝統、風土を表象しているようなお顔を望みたい。例えば、角栄さんは雪国新潟のオヤジ顔だ。若いころの中曽根康弘氏は、日本の快男子のそれだ。大平正芳氏などは、農村の里山、小川、田んぼなどが顔に反映されている。

 しかし、おまり大きな字では書けないが、前原氏のお顔にどうしても、日本を感じないのだ。K国を感じてしまうのだ。ただ、生理的反応と思いますが、でも在日外国人の献金問題などもあるし、、、。

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前原誠司氏と島田紳助氏の報道雑感 2011/8/24(水)

 前原誠司氏が、民主党の代表選出馬を表明したと大々的に報道されている最中、タレント島田紳助氏の緊急記者会見があり、暴力団との交際の責任をとって、芸能界を引退するという。ニューズゼロなどは、特別番組の体裁で、島田氏の記者会見を大々的に報道していた。

 島田氏の引退に関しては、それほど感慨はないが、びっくりはした。暴力団との交際といっても、過去のメールのやりとりが表に出たということ以外詳細はわからない。

 島田紳助氏の引退に、潔さを感じ、菅首相よ、島田氏を見習いなさいと言いたいところだが、それほど潔さを感じない。理由は分からない。

 民主党代表選一色の報道の中、島田紳助氏の引退報道で明日から持ちきりだろう。

いま、日本は、国として完全に機能停止状態。東北の被災地への対策も先延ばし。無策、菅政権は完全に無能政権と化した。

 もし、いま、中国が、台風の時にでも、偽装漁師が乗った偽装漁船を尖閣諸島に派遣し、遭難したと称して避難するために尖閣諸島に上陸。自国民保護のために引き続き中国海軍も上陸。
 その間、海上保安庁は何ら手出しが出来ない。尖閣諸島に上陸しようとする日本人は強制排除されるが、中国人にはそれができない。海上保安庁は、海の警察にしかすぎない。海上自衛隊も、緊急対策は一切とれない。国はご覧の通り、機能停止。迅速な政治判断は期待ゼロである。
 かくして、中共軍による尖閣諸島実効支配は完了だ。ただ、これだけのことだ。ただ、これだけのことに何にも出来ないのが今の民主党政権だ。今の日本だ。

 このような無能政権による国家機能停止状態にあって、国防の危機、東北被災地の復興が停止している状態で、マスコミは、民主党代表選、島田氏引退報道一色となるだろう。この欺瞞に怒りを感じる。

 前原氏の人気は認めるが、人気があるだけに、その人気が、民主党の闇を、さらに潜在化させてしまうのが恐ろしい。その点、菅首相は、菅首相本人が闇を体現していただけに、我々もその問題点を告発できた。
 民主党には、極左勢力が存在し、どさくさにまぎれて自由破壊法案たる新・治安維持法(人権侵害救済法案)を計画、立法しようと画策している。極左の国家破壊が、前原氏の人気に隠れて潜在化するのだ。
 民主党の本質は、前原氏のようなものが表にでればでるほど、隠れてしまう。闇がかくれてしまう。

 そして、日本のマスコミは、その闇に対しては頬かむりをして無視するだろう。

 菅首相は、闇がそのまま顕在化した。

 前原氏は、闇が潜在化する。民主党には、深い深い闇が潜んでいるのである。

菅首相の北朝鮮関連の献金問題を、それこそこの機に乗じて、うやむやに闇に葬り去るのは断じて阻止しなければならない。


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保守論壇若手ホープと一献傾ける。 2011/8/22(月)

 都内某所で、保守論壇若手ホープである八木秀次高崎経済大学教授と党黒川白雲政調会長等同志と共に一献傾けた。その日八木教授からは、「日本の教育に流れるソビエト教育学の毒水」というタイトルで講義を頂いた。

八木氏の著作は、渡部昇一氏と共著の鼎談シリーズはほぼ全冊読んでいる。また、正論等雑誌の記事もちょくちょく読んでいる。私の中では、保守論壇の旗手として大変、ご尊敬申し上げていた方である。

 そのようなわけで、その晩は、私にとって貴重な得がたき機会であった。

今回、八木教授が中心となり作られた育鵬社の歴史教科書、加えて公民教科書の採択が前回より上回ったことは、喜ばしいことであった。同時に、まだまだ圧倒的シェアは、左翼系教科書であることには変わりない。

 地道な地道な運動となっていくことであろう。

八木教授のスタンスは、非常にバランスのとれた「おとな」の対応をされる方なんだという事がよくわかった。
 日本再建、日本再建国の大いなる一柱となられる方である。


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文藝春秋「(退屈な)わが政権構想」を読む。 2011/8/17(水)

文藝春秋9月号

 わが政権構想  野田佳彦

 一匹狼の挑戦状 馬淵澄夫

 覚悟の手記   海江田万里

一応、読んでみました。

う〜ん。

文藝春秋でしょ。

週刊誌じゃないよね。

う〜ん、正直、自分の事は棚に上げて申しますと、

陳腐な、安っぽい内容だった。

もちろん、個別の政策の、細かい内容は、共感するとこともあり、忙しい現役の政治家、じっくり文章を練るという時間もないのでしょう。こんなもんかなと思えば、それだけの話だが、、、。


海江田万里氏に関していえば、かすかに期待もしていただけに、こりゃだめだって正直落胆した。
女々しすぎる。この文章が、玄海原発の再稼働が菅首相により阻止された時点で辞表代わりに、発表されたなら、まだ、拍手の可能性はあった。
 もう、色あせてしまったのだ。
 なぜ、色あせたか。天下国家の議論では、そもそもないからだ。
菅首相にいじめられた、いじめられっ子の恨み節にすぎないから、いまさら女々しすぎるのだ。

 あの泣き顔と共に、この色あせた女々しい恨み節に、もう、1%の期待も失せてしまった。
漢詩の教養がおありになる海江田氏ならば、もう少し、毅然とした凛とした、歴史的批判にも耐えうる対応をして頂きたかった。

天下国家を想っての涙でもなければ、憂国の情の吐露でもない。

単なるいじめられっ子の私憤につきあっている暇はない。


 わが政権構想と大上段に構えた野田佳彦氏の文章も、口述を別のライターがまとめた文章かな?と思わせるほど、急ぎ間に合わせたような退屈な代物だった。


 文藝春秋に、一政治家が「わが政権構想」と題すれば、おのずとそれなりの格式ある文章を期待しよう。ところが、まったくそのような『高尚』な期待は裏切られた。

 政治思想、政治哲学の香りがない。空疎、空虚だ。

今の選挙、選挙、選挙の政治屋に、高尚な政治思想、政治哲学の香りを求める方が間違っているのであろう。

 しかし、日本の次期総理を志す政治家が、そこいらの政治屋と大差のなうようでは困る。


 幸福実現党には、HS政経塾という若手政治家の卵を養成する機関がある。
彼らの「勉強」は半端なものではない。よく、もはや教養主義の時代は終わったと、例えば、旧制高校とか古きよき時代の「教養主義」の時代を懐かしんでいる人がいらしたら、HS政経塾の塾生の勉学を見たら、「ここに、教養主義の伝統継承されたり!」と涙を流して喜ばれるであろう。

 あるいは、幕末の適塾とかもこのようであったろうと思わせる向学心に満ちている。
彼らは、例えば、プラトンを読み、アダム・スミスを読み、ハイエクを読み、ハンナアレントを読む。そして論じる。

 彼らは、経済学、政治思想、哲学、国際政治、軍事、ありとあらゆる分野の教養を積み、将来外交の場に出ても恥ずかしくない知性を磨いている。


 野田氏、馬淵氏、海江田氏も皆、りっぱな経歴をお持ちだ。
しかし、少なくとも、この文藝春秋の記事からは、

 国際舞台でも耐え得ると想像できる、空想できる

 教養の香りは、感じられなかった。

 日本の未来への希望を想起させるような、言葉の力、思想の力、輝きは感じられなかった。
(時に、石原慎太郎東京都知事から感じられるような。)

背広に沁みついたタバコの香り、お酒の香りは感じた。

 確かに、選挙は大変だ。落選への恐怖心もわかる。
なかなか本を読む時間もないでしょうこともわかる。

しかし、それでも、一国の総理大臣になろうとする政治家には、
彼の思想の輝き、人格の煌めきが欲しい。

 これは、過ぎたる欲なのであろうか。

 おそらくは、三氏は、今頃、飲み屋か、どこかで怪気炎を上げているのであろうか。
少なくとも、書斎にて沈思黙考し日本の未来を、天啓を受けながら孤独に想起する姿を私は想像できないのである。


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天皇陛下お言葉 と 菅首相式辞 2011/8/16(火)

 66回目の終戦の日を迎えた15日、全国戦没者追悼式が日本武道館で行われた。

天皇陛下お言葉は、

「世界の平和とわが国の一層の発展を祈ります。」で締めくくられた。

 わが国の一層の発展

この何気ない表現、この「一層の発展」への願いこそ、民主党政権に欠落していたものである。

 時の為政者が、「発展」を願っていることが極めて大事であると思う。

当たり前すぎるほど、当たり前なのだが、民主党政権は、この当たり前の「わが国の発展」というイメージを持っていなかった。
 発展のかわりに、縮小、停止、中止のみであった。


 追悼式では、菅首相も式辞を述べた。

ほとんど官僚作文なのであろうが、おきまりのアジア諸国へのお詫び。日本を、必ず力強く再生させます、という表現は見出された。
 しかし、戦後の廃墟から立ち上がったように、(焼け野原になった)被災地を再生させますという文脈は、陛下の「わが国の一層の発展」というニュアンスとは違う。

 菅首相の再生は、再生可能自然エネルギーの再生、つまり日光、風、自然を利用したエネルギーで賄っていけるだけの小さな国のイメージである。現在の供給電力の半分でもやっていける規模の日本のイメージである。
 かつて菅首相自身の著書に書いていたが、東京の人口は200万人くらいが適切であるという。
1100万人は、どこへ移住するのであろうか。ちょっと信じられない感覚なのだ。

 陛下のわが国の一層の発展と

 菅首相のわが国の再生は、

一見、似ている表現だが、その風景は全く違う。

 菅首相は、発展という言葉を使わない。国家という言葉を使わない。

 かわりに再生、かわりに市民。

脱原発依存が、閣議決定された。菅首相にとっては、事実上、脱原発である。

この菅政権の脱原発の方向性について、米国経済会議前委員長のサマーズ米ハーバード大学教授の指摘が、その本質を語っている。
「誠に残念ですが、日本は貧しい国になるでしょう。」

 そう、菅首相の再生可能自然エネルギーを、基幹エネルギーとするには、日本を貧しい国にするしか方法はないのである。
本来の政治家は、もちろん安全対策に万全を期し、日本を発展させるために、基幹エネルギーをどうするかを考える。
 菅首相は、違う、再生可能自然エネルギーを基幹エネルギーにするために、日本を貧しくするのである。

 幸福実現党は、今回の震災を機に、さらに原発の安全性を高め、技術革新し、引き続き原子力発電を推進していく立場である。
 最先端の技術力を持つ日本が、アジア、アフリカにおいて原発のイニシアチブをとることが、アジア、アフリカ、そして何より日本の安全のために必要なことだ。

 もし、日本が完全に原子力発電の技術から撤退したら、アジアでイニシアチブを取るのは、韓国、ロシア、中国あたりか。
 中国の新幹線事故の処理を見る限り、もし中国で大規模な原発事故が発生したら、日本にも知らないうちに放射性物質が飛散するであろう。
 
 中国ウィグルで行われたメガトン級の核実験により、昭和の日本には、現在の福島より高濃度の放射性物質が飛散していたと言われている。

 日本、ドイツ、イタリア等除き、ほとんどの国は、引き続き原子力発電を推進していく。その時、最高レベルの技術を持つ日本の持つ責任は重い。ひとり日本だけの問題ではないのである。

 菅首相、民主党の貧乏推進ケチケチ政策を実現させてはならない。


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幻滅。民主党松原仁。 2011/8/8(月)

 民主党松原仁衆院議員は、渡部昇一氏と対談されたり保守政治家として一定の見識をお持ちの方と認識していた。

が、本日のTVタックルで、自らの正当性を声高に訴えている姿(発言内容)に非常に不快感を感じた。

松原氏は言う。
「私が(われわれが)政権を運営すれば、増税の必要はない。残念ながらいま冷遇されているので実現できないが。」

「財源はつくるもの。財源は探すものではない。経済成長により財源をつくる。経済成長による税収増を図れば、増税は必要ない。いま、この考えが民主党のメインストリームだ。」

 今現在は、確かに政府の増税ラッシュ路線に、民主党内では、多くが抵抗している。

 しかし、経済成長による税収増が大切である、バラマキ・増税は絶対反対と訴えていたのは我々幸福実現党であった。しかも民主党が政権を取った2009年の衆院選の時から訴えていたのである。300小選挙区、全国津々浦々で我々無名候補が、声をからして訴えていた。

その時の民主党のマニフェストはどうだ。経済成長戦略は一切なく、バラマキのオンパレードであった。
また国防に関しては、ほとんど書かれていなかった。我々は、国防に関しても毅然とした国家防衛論を堂々と説いていた。(日米同盟の強化と憲法9条の改正、国防軍の創設)中国、北朝鮮の台頭を念頭に危機を訴えていた。(その後2年間で、中共軍の覇権主義がはっきりと顕在化した。)

 いまでは、詐欺行為の代表として民主党のマニフェストが挙げられるが、2009年の夏当時、そのマニフェストの間違いを真正面(国防に関しては、自民党も争点にするのを避けていた。)から批判していたのは、幸福実現党と一部評論家、海外メディアの一部くらいのものであった。(ニューズウィーク等)

 日本のマスコミは、政権交代を煽り煽りして、民主党を応援した。

松原仁氏も、その詐欺行為(マニフェスト選挙)により当選した国会議員ではないか。

その反省、総括なくして、

我々無名候補が訴えていた、政策を、今、声高にTVで自らの政策のように声高に言われた時、非常な不快感を感じるのである。

 所詮は負け惜しみ、どれだけ幸福実現党の政策をパクられても、パワー(権力)を持っていないのであるなら、当然のことだ、、、それは甘んじて受ける。

 しかし、今日の、TVでの松原仁氏の発言は、人間としての品格、礼儀、仁義、矜持の問題であろうと思う。

 いくら幸福実現党が、現時点でパワー(権力)がないからといって、2年前に、当時全くそう言っていなかった国会議員たちの多くが、そしてマスコミも、今現在、幸福実現党の政策をそのまま言っている事実。少なくとも2年前からの検証を行って欲しい。2年前、どの党がどういう政策を訴え、2年後、それがどう評価、検証されるのか。それくらいのことは、最低限の「礼儀・常識」として行われてしかるべきである。

 マスコミも、それを全然しない。マスコミがしないのは、ある意味、日本のマスコミは、一部マスゴミと言われている通り、期待する方が無理なのかもしれない。

 しかし、詐欺行為(マニフェスト選挙)により当選した松原仁氏が、声高に我々が2009年訴えていた事を、自らの正当性のアピールのためにTVで発言するのは、不快極まりない。人間として潔くない。武士道精神にもとる行為と思う。

 松原氏に幻滅した。


※パクられようが、正しい政策が普及すればそれでよいではないか、と思っていますが、本日のテーマは、「仁義」にもとる行為は、不快感を感じるということである。こういう事に不快感を感じなくなったら、自らの中にもそのような「節度」がなくなったということであろう。

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『言葉』に力のない、広島「原爆の日」菅首相挨拶 2011/8/6(土)

 広島は被爆から66年となる「原爆の日」を迎え、記念式典において菅首相のあいさつがあった。
TVで観ていたが、冒頭、聞き慣れない国際的条約か何かの話があり、また被爆者の援護をこんなことしましたよとかいう話でよく聞き取れなかった。

 市議会か何かの傍聴席に座って、ボソボソ言ってる退屈な市長の市政報告につきあわされているような気分であった。

 退屈とは、菅首相から発せられる「言葉」に全く力がないという事である。唯一、あいさつの最後の方で、「日本は原子力発電に依存しない国にする。」「核廃絶を目指す。非核三原則を遵守する。」というようなアナクロニズムというか頓珍漢な決意は理解できた。

 無垢な少年少女が、非現実的理想を語るのなら、一片の美を感じなくもないが、汚れきった首相の、理想論は単に頓珍漢な非常識に過ぎない。中共と北朝鮮、日本の国会議員を犯罪者扱いして入国させない韓国に囲まれた中での「非武装中立論」みたいなもんだ。

 黒鉄ヒロシ氏が、石原慎太郎都知事を評して、「つくづく政治家は、言葉だと思う。主張内容の好悪は横に置いて、石原知事の言葉には、膨大な教養に裏打ちされたロマンチシズムがあり、力がある。読書量の多さがわかる。それにひきかえ、菅首相の言葉には、まったく力がない。ああ、本を読んでいないんだなという事がよくわかる。」
 
 オバマ張りの感動的スピーチを期待した人は皆無と思うが、それにしても、原稿棒読みの官僚答弁と大差のない「代物」に、これが精一杯なんだなと思った。
菅首相の挨拶の間、時に参列者の顔がTVに映し出されたが、皆、腐った魚のような目をして聞いていた。つまり、何の感動もありはしない。聴衆者の目に輝きはない。これは聴衆者に何の責任もない。

 菅首相の発信すること、全てが、日本の国力を縮小させ、貧しくさせ、弱くさせることばかりなのである。中国の傍若無人な行動が続く中、非核三原則を遵守するなんていう事を、ことさら声高に宣言などする必要はない。故佐藤栄作総理程度の「二枚舌(タフ・ネゴシエイターとしての資質)」があれば話は別だが。そんな戦略性などありはしない。学生時代の革命ごっこの延長線にいる首相。

孤独な貧乏神を前に聴衆者は、なすすべはない。唯一、腐った目になって、無言の抵抗をするのみであろう。
 
 オバマ大統領の、内容にインチキがあるにせよ(邪魔な古い核を処分することを、核廃絶と称す)、名スピーチを聞く聴衆の顔をみれば、その差は歴然である。



 広島市長が、米国を名指しし、非難した事は、全くの外交音痴であることを全世界に暴露した。
自由主義国、民主主義国の保有する核と、全体主義国家、社会主義国家の保有する核を一緒に考えてはいけない。広島市長が、名指しするというのなら、非難すべきは、中国の核、これから持とうとしている北朝鮮の核である。
 それを、わざわざ昨年から参列してくれている米国を名指しするとは、その非常識には涙が出る。もう米国の占領時代ではないのである。

 本来、菅首相が、国の安全の最高責任者として、自由主義国家、民主主義国家と連携し、全体主義国家、テロリスト国家の核をいかに封印するのかという戦略性を考えなければいけないのに、市長と一緒になって「夢見る革命ごっこ」をやっているのだから、情けない。

 幸福実現党は、宗教政党でありながら、いやあるがゆえに、「夢見る革命ごっこ」の非現実とは反対の「現実主義」の立場である。日本の核保有の「意志」をすくなくとも国際社会に発信することが、日本と、東アジアの安全、平和のために大切であると考える。
 自由主義、民主主義国家の核の力により、当面、全体主義国家、テロリスト国家の核の暴走を抑止する、その間、同時に、思想戦(宗教的悟りによる)により平和裏に国際問題を調和させていく。

 広島「原爆の日」に、日本が発信すべきは、「自由主義・民主主義国家の連携により、全体主義国家・テロリスト国家(中共と北朝鮮等)の核の暴走を抑止する。」ことではなかろうか。新幹線事故の処理をみても、中共が、国民の命など虫けら同然にみていることがわかった。実際に核を使うという悪夢が現実化するとすれば、それは、全体主義国家、無神論国家、テロリスト国家である可能性が高い。
イスラエルとイランも火薬庫である。朝鮮半島は、世界一の火薬庫である。


 北朝鮮が、核保有国になった時、核の力を傘に恫喝されたら日本はどうする。
2012年、国家主席になるという習金平氏は、北朝鮮との同盟関係を強化するといわれている。

 いまのままだったら、日本は「即、降参。」の可能性が高い。

 この現実を、未然に防ぐ気概を、真剣にもっているのが、幸福実現党である。議席があろうがなかろうが、関係ない。祖国を守るために、東アジア、世界の平和のために、粉骨砕身踏ん張るのみである。


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民主党が行ったこと、縮小、停止、阻止、中止のみ。日本没落の危機。 2011/8/3(水)

 栃木県全県に、肉牛の出荷停止命令がなされた。福島、宮城、岩手に続き4県目である。畜産農家に不安と怒りが広がった。

放射能汚染という目に見えない事象であるので、こういった措置に対しては、はっきりとした意見が持ちにくい性質のものでありましょう。

しかしながら、世の中に存在する健康リスク(喫煙、飲酒、生活習慣、ウィルス、細菌等々)と放射線被曝によるリスクを比較検討してバランスを考えた場合、あまりにこれらの出荷停止措置が乱暴すぎるのではないかと思わざるを得ない。

 食肉の規制値は、1kgあたり500ベクレルの放射性セシウム(137)となっている。
毎日1kgの牛肉を食べ続けるなどと言うのは、苦行であり非現実的であるが、仮定の計算をすれば、1kgあたり500ベクレルは、0.0065mSvに相当する。すると生涯被曝線量限度目安の100mSvに達するには、42年間、365日毎日1kgの牛肉を食べ続けて到達する数値である。

 非現実的な仮定であるが、ある意味、非現実的な規制値の線引きによって、肉牛の出荷停止命令がなされていると言えなくもない。東京大学の唐木英明名誉教授(食品安全)が指摘している、「規制値以上、以下ということで一喜一憂しているが、値は安全安心の境界を示しているのではない。もともと設定が極めて厳しい値になっている。規制値を超えた牛肉で健康を害するためには何トンも食べないといけなくなる。」

 喫煙リスクと比べてみよう。

平均的喫煙者がガンになるリスクを放射線に換算すると年間32mSvの被曝に相当する。
汚染牛肉はどうだろう。規制の上限である1kgあたり500ベクレル汚染された牛肉を一年間、毎日、1kg、食べ続けて(有り得ない想定だが)、被曝線量は2.4mSvである。平均的喫煙者の1/13の被曝量である。

 一年間で365kgの牛肉を食べると言う非現実的な想定をしても、それでもなお、平均的喫煙者が一年で被曝する(リスク換算値)1/13の被曝線量なのである。

 そもそも日本人の約30%は、いずれかのガンで亡くなっています。
国際放射線防護委員会の推定によると、仮に1000名の方が100ミリシーベルトの線量を受けたとすると、生涯でがんで亡くなる方が300名から305名に増加する可能性があるということです。

 このように、現実的には誤解を恐れずに言えば、無視してもさしつかえないようなリスク回避のために、甚大な犠牲を強いている菅政権は、社会主義国家の独裁者のようなやり方で、一方的に民間の農家の人々の自由を奪っているのです。
 これほど、簡単に、民間人の自由が、政府から奪われたことはない。

 振り返れば、事業仕分けから始まり、民主党政権の行ってきた事は、縮小、停止、阻止、中止のみである。
未来創造が一切ない。明るい未来像が菅直人首相の頭の中に一切ないのである。

今回の東日本大震災の発災後も、本来なら、迅速に大規模な復興補正予算を組んで、大規模公共事業を施行し、明るい未来創造(復興)に着手することもできたのである。


 幸福実現党名誉総裁大川隆法氏が、菅政権発足前より指摘されていた事が、現実となってきた。
それは、菅直人という人物の潜在意識の「心象風景」に、発展的未来ビジョンが一切なく、存在しているのは「戦後の焼け野原」の風景だったのである。

 菅直人という人物の、潜在意識、心象風景は、「戦争で悪いことをした日本が、発展繁栄する資格はない。発展繁栄は悪であり、アジアの人々への贖罪として、もう一度、日本は戦後のような焼け野原にならなければならない。焼け野原こそ日本にふさわしい。」
 この恐るべき心象風景は、自由な資本主義、民主主義を否定する。貧しさを分かち合う、社会主義国家こそふさわしい。先進国日本を焼け野原にするには、強権的、独裁的統治がふさわしい。ゆえに、それはおのずと国家社会主義体制となるのである。

 東日本大震災という大カタストロフィーが起こったのも、実は、菅直人の心象風景の具現化であったというのだ。

 一連の、公共事業の中止、浜岡原発の停止、全原発の再稼働阻止、肉牛の出荷停止、これらは日本が、独裁的国家社会主義体制になりつつあるということだ。一種の革命が起きているのである。全く意識されないまま、貧しさへの革命、没落への革命が起こっているのである。

福島第一原発事故を奇貨として、菅政権は社会主義革命を断行している。東北地方を社会主義実験の特例区として。

 恐ろしいことが日本に起こっている。

 反革命、豊かさへの革命、幸福維新こそが要請されている。
それは、「新所得倍増論」を掲げている幸福実現党の使命である。


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自民党稲田朋美衆院議員等、韓国ウルルン島入国拒否。 2011/8/1(月)

 自民党新藤義孝衆院議員、稲田朋美衆院議員、佐藤正久参院議員の3名が、竹島の歴史的経緯に関して、韓国内でいかなる資料が存在しているのか調査するために、ウルルン島への上陸を目的とし、キムポ空港に到着したが、入国を拒否された。
 一歩も韓国の土を踏むことなく帰国する見通しとなった。帰国後、記者会見をするという。

 韓国側は、三人に対して一切入国の理由を聞くこともなかったという。しかし、韓国の安全を害する危険のある人物の入国を拒否するという理由で、入国管理法に基づき入国を拒否されたのである。

新藤氏らは、いかなる理由、いかなる法的根拠で、今後三人の渡韓に際して入国はどうなるのか等々韓国政府に質問をしたようであるが、明確な答えは得られていない模様である。
 つまり、なぜ、三人がウルルン島の竹島資料館などを訪問することが、韓国の安全を害することになるのか、説明がなされていない。

 韓国の刑務執行官が、三人を空港内の拘置施設に移送しようとしたが、日本大使館員が、三人に同行しており、内側からカギをかけ、執行官の入室を拒否し、結局、三人が拘置施設に連行されることはなかったようだ。


空港周辺に三人の上陸を反対する500人のデモ隊。

ウルルン島にわたる船に乗る港に200人のデモ隊。

絶対に日本国会議員をウルルン島に行かせない決意を国民も含め示していた。


竹島は日韓両国が領有権を主張し、韓国が実効支配中。韓国政府は4月、竹島周辺で「総合海洋科学基地」建設に着手すると発表。6月には大韓航空機が竹島上空をデモンストレーション飛行した。それを受けて、日本政府は、今後、大韓航空機を使わないと対抗措置を発表した経緯がある。

 今のところ、政府は、韓国政府に抗議、遺憾の意を表しているが、前外務大臣前原氏が、「韓国が竹島を不法占拠している。」と絶対に言わなかった。どれだけ自民党が追求しても、不法占拠という言葉を使わなかった。法的根拠のないまま領有している・・・というような表現しかしなかった。

 今回は、外務省主導で、常識的反応をとりあえずしているようであるが、腰ぬけ外交のオンパレードであった、民主党政権が、今回の「事件」に関し、いかなる外交を展開するのか、注目するところである。
 枝野官房長官が対応しているが、菅総理からどんな言葉が発せられるか、まったく期待していないが、注目される。

 おそらく「今回、我が国の国会議員の入国が拒否された事は誠に遺憾である。両国により平和的解決を望む。」と他人ごとのような所感を発して、よきに計らえ、それで終わりだろう。何にも有効な外交的措置を菅総理の能力では無理であろう。外務省が、主導すれば、何らかの外交的措置はあり得るかもしれない。

 いずれにせよ、石原幹事長の制止を振り切り、日本の領土に関し、日本の主権に関し、「外交的意志」を国際社会に発信してくれた自民党新藤義孝衆院議員、稲田朋美衆院議員、佐藤正久参院議員の気概に敬意を払いたい。

 今晩にでも記者会見が開かれるだろう。


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幸福実現党岐阜県本部 参議院選挙区代表:加納有輝彦オフィシャルサイト
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