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民主党と自民党の増税談合 2012/6/13(水)

HRPニュース・ファイル302 主権者・国民の承諾なくして課税なし!〜民主・自民の国民不在の談合増税を許すな!〜をアップしました。

お読み頂けたら幸いです。
http://www.hr-party.jp/new/2012/25688.html


修正協議は、税と社会保障のグループに分かれて行われていますが、税の方は、民主・自民の間で、とんとん拍子に「増税」に向けて合意形成がなされつつあります。

自民党内でも、安倍晋三、西田昌司氏らのように、デフレ下における増税は間違いであることを訴えている議員もいるが、自民は修正協議の場で、なんと景気弾力条項も成長率の明示は不要ということにしてしまった。(景気弾力条項=景気が一定の回復をするまで、増税はしないという条項)

 自民も、結局、民主と同じ、不況期に増税をする「トンデモ政党」だった。全く落胆した。


 国民が選挙で選んだ国会議員だから、修正協議の結果は国民の意思として甘んじて受け入れるべきと、それが間接民主主義(議会制民主主義)のコストであるという意見もあるかもしれない。

 しかし、税金に関しては、断じてそれは当てはまらない。

 国民の承諾なくして課税なし。これが近代民主主義の大原則である。
HRPニュース・ファイルにも書きましたが、専制者が、民に対して勝手に課税させない。強奪させない。収奪させない。税金とは本質において収奪(泥棒)行為なのである。

 収奪する権利を、民が命がけで専制者から奪った、代表者を選挙で選んで国会に送り、その場で「収奪(課税)」する額を決めるのである。

 これが代表なくして課税なしの意味である。専制者でなく、代表者が課税するのである。


 民主は、前回の総選挙で「4年間、消費税は上げない、そして議論もしない」と公約して大量当選を果たしたのである。だから、国民は承諾していないのである。

 この民主主義の大原則をねじまげる「修正協議」は、暴挙なのである。

 自民がいかに増税が自民自身の政策だったからといって、この暴挙に加担するとはあまりに節操がないと云わざるを得ません。

 自民党の国会議員は、1789年のフランスの人権宣言の第14条には「税の負担には人民の承諾が必要だ」と書いてあることも忘れているでしょう。

 せめて、自民は、憲政の常道、憲政の王道というものを考えてほしかった。

 国民不在の、国民の承諾なしの、民主・自民・公明の修正協議は、もはや増税談合そのものである。

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自民党と民主党の談合は、歴史を前近代まで後退させる「堕落」。 2012/6/8(金)

自民党と民主党が国民の承諾なしの修正協議なるもので近付きつつある。
自民党は、消費税の二段階増税を容認した。


マスコミは、「決められない政治」打破という方向で、あたかも消費税増税関連法案を民主党と自民党が談合して決めることが大切であると世論をミス・リードする。

最大の愚行であるところのデフレ下での消費税増税を、決めてもらっては断じてならない。間違った政策を決めてもらってはならないのであります。

万一、民主党政権と自民党の談合で、消費税増税関連法案を可決するとすれば、日本は18世紀以前の近代文明以前の状態であると言わざるを得ません。

1789年のフランスの人権宣言の第14条には税の負担には人民の承諾が必要だと記されており、1776年米国独立宣言には、英国から独立する理由の一つが我々の合意なしに課税をしたと記されています。(「増税亡国論」HRPブックレットシリーズVOL.2参照)

2009年の衆議院選挙、2010年の参議院選挙において、日本国民は消費税増税を承諾していないのです。今回、消費税増税を決めるのであれば、国民の承諾が必要です。

解散総選挙を実施する以外に、国民の承諾を得ることはできません。

現在の自民党は、真正保守の信念もなければ、広い意味での憲政の常道も忘れているようです。

幸福実現党は、野田首相が、2009年総選挙の時、約束していない増税に政治生命をかけようとしている事を看過することはできません。

増税をしたいのなら、増税法案を通す前に解散総選挙で国民の承諾を得る以外道はありません。

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西村眞悟氏の大日本帝国憲法論 2012/4/29(日)

  来る憲法記念日にちなんで、チャンネル桜で、憲法に関し討論をしていた。http://www.youtube.com/watch?v=-mSAPK-nsNk&feature=relmfu

全部、つぶさに見たわけでないのですが、西村眞悟氏の「現在有効な我が国の憲法は、引き続き大日本帝国憲法であって、日本国憲法は、無効である」という主張が、それなりに説得力があった。

 内容の賛否というより、「説得力」「修辞」これは学ぶべきものがあると思いました。つまり、『感動』があるという事です。ご参考までに、テキスト化しました。

 チャンネル桜は、幸福実現党の新憲法案の「皇室」の扱いを否定している。私は、これらの問題に関し技術論でなく、心で出来るだけ理解したいと謙虚に学びたいと思っています。



西村眞悟氏発言  

私の立場は、この日本国憲法と称する文書は憲法としては無効ですと、戦後体制を形成する文書ではある。規範ではある。

したがって日本占領体制の基本法であるという位置づけですから、日本国憲法が形式的に存在するか否かに関しては、無効なものは存在しません。

したがっていま存在しているのは、大日本国帝国憲法です。明治22年の制定のね、そのうえでいいかわるいかは別にしましてね、そのうえで、昨年起こった東日本大災害に際して、いずれの規範が現実のことに対処しえたかといえば、大日本帝国憲法ですわ。

あまり報道されませんが、戒厳令布告してもいい事態でした(おそらく震災のどさくさにまぎれての外国人犯罪のことであろうか)わたしは現地に二か月居続けたあの不詳宮島氏(ヒアリング困難?)とかに聞きましてね。これだけしかいいませんわ。

そこでね、あのときの天皇のね、ご存在はいかなる存在だったか、最高の危機管理者としての存在だったと、権力者としての危機管理者ではない、しかし日本の危機管理者、つまり統治者だったと。

それは大日本帝国憲法第一条の「大日本帝国は万世一系の天皇これを統治する」そのものの姿であったなと。

 そこで、天皇などはひい爺さん知らんといわれたが(幕藩体制下では、藩主に仕えていたので、天皇の存在を知らない農民がいたという意見)申し上げますと、お爺さんがしゃべっておられた日本語の中に天皇は存在している。

 
敬語の存在、それから万葉集以来、それらの中の和歌をですね、また百人一首として庶民がいまに伝えているけれど、その歌の中にも天皇の存在は厳然としてある。

それは権力者としての現れではないか、文化の中に歴史の中に、厳然としてあるんであって、そりゃ、知らん人もおったでしょう。

いまも天皇知らんという奴もおるかもわからん、お爺さんが知らなかったから日本国民に天皇はなかったんだという論法は今の議論の前提としてはふさわしくない。

 我が国家が近代化するときに何が必要だったあといえば、国家の姿、ネイションの姿これを確認する事が必要で、大日本帝国憲法と同時に発布された教育勅語には、見事にネイションの姿を言い表して昨年の危機に遭遇した時にそれはまさに具体化していると、これを見るか見ないかこれが議論の分かれ目です。

 目をつぶればそれがなくなるというのならかまわない。われわれは、国家の将来に存続に、サバイバルに責任を持つ立場で議論しなければならない。したがって天皇は存在する。厳然とそれは制度でも何でもない、文化の中にも歴史の中にもあるんだ。


引用以上

 さて、この他に討論において、「国民主権」とはなんぞやとの議論があったが、「納税者としての国民」という論点が皆無であったのが、気になった。

 国民主権が、国民の承諾なくして権力者に収奪(徴税)を許さない。「代表なくして課税なし」の議論が全くなかったのが気になる。

 彼らの描く「国家」が、官と民の、官の方に重きを置いているのが気になるのである。つまり、自由民権運動の系譜がおろそかにされていると感じる。

 彼らの描く「国家」が、大きな政府となり、国民を抑圧する可能性を一応、気に留めておく必要があると思います。

 西村眞悟氏の国家像も、官が中心であり、民が抑圧される危険は「あり得る」と思います。ここは注意深く見守りたいと思います。

 西村氏のいう官僚とは、天皇の官僚(天皇の赤子)であり、すなわち国民の官僚ということになる。国民は天皇の子供、家族というイメージのようだ。ここは共感もするが、どうだろうか。

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政府は原発を再稼働し、電力の安定供給を死守せよ。 2012/4/25(水)


HRPニュースファイルを投稿しました。

幸福実現党公式HP
http://www.hr-party.jp/new/2012/23592.html



関西電力は23日、再稼働が急がれている大飯原子力発電所を含む管内全11基の原発が停止したままだと、様々な対策を講じても今年夏の電力供給が最大で19.3%不足するという見通しを発表しました。(4/24 日経「夏の電力不足、関電は最大19.3% 20%超の節電要請も」⇒http://goo.gl/T4zTn

2,535万kwの供給力に対し、今夏のピーク需要見通しは3,030万kwと495万kw(原発5基分)の不足を予測し、昨夏比で20%超の節電要請を打ち出す可能性も出てきました。昨夏比20%超の節電になれば、関電圏内に住む人々にとって大変な負担となります。

経団連は23日、電力供給不安による企業への影響調査を発表し、製造業の71%が「生産を減らす」、69%が「収益が減る」と回答。料金上昇も重なった場合は96%が「収益が減る」としています。(4/24 日経「電力供給不安で7割が『生産減』」⇒http://goo.gl/5yBBa

一方で、大阪市の橋下徹市長は今夏の関西の電力危機について「計画停電もあり得ると腹を決めれば、電力供給体制を変えられる第一歩になる」と極めて無責任な発言を繰り返しています。(4/1 産経「『計画停電もあり得ると腹を決めれば』橋下市長が脱原発へ覚悟訴え」⇒http://goo.gl/1MOrh

橋下市長は「電力の安定供給」という「電気の質」は、企業にとって生命線であることを理解していません。電力中央研究所による需要家調査(2007)によりますと、事業所の約半数は電気料金の安さより供給信頼度の高さを重視しているといいます。

ある中堅の金型メーカー社長は「政府は絶対に計画停電をしないように策を講じるべき」といいます。金型は液体の中で一か月程度の時間をかけて徐々に作られ、途中で電気が止まれば不良品になります。作り直せば最大で二か月余計にかかり、こんな納期遅れを起こせば、中国などの競合他社との競争に負けてしまうと警鐘を鳴らしています。

計画停電のような大規模停電だけでなく、半導体工場は一秒未満の瞬時電圧低下で約一億円の損害が発生するといいます。

また、橋下市長は関西電力大飯原発の再稼働は反対とした上で「(関電の)原発が全部止まっている状況でも、明日あさって関西府県民が死ぬ状況になるわけじゃない。ピーク時にちょっと我慢して乗り越えられる」と暴論を展開しています。(出典:同上)

評論家でもこのような発言が目立ちますが、「ピーク時にちょっと我慢すれば良い」というのは「机上の空論」に過ぎません。

現実には、リアルタイムにピーク時の需要をカットすることは困難なため、結果的に広域的・長期的な節電は避けられないことは昨夏、経験して来たことです。

供給予備率が低下すれば、最悪の場合、大規模停電が発生します。一般に、供給予備率は8〜10%程度が適正で、3%を切ると大規模停電のリスクが高くなると言われています。「ピーク時にちょっと我慢」して乗り越えられるものではありません。

橋下市長は、こうした電力の基礎知識さえ持たずに、日本の「国家解体」を目指している左翼勢力による「脱原発論」に煽られ、市民の生活や経済活動に大きな責任を持つ「市長」の立場で「脱原発」を煽っているのです。

英国原子力公社(UKAEA)のバーバラ・ジャッジ名誉会長が、資源が極めて乏しい日本のエネルギー事情を踏まえ、「エネルギー安全保障上、原子力発電は必要だ」「日本は他国に命運を委ねるような道を歩むべきではない」との考えを示していますが、これは幸福実現党の考えと全く同じです。(4/20 産経⇒http://goo.gl/vu5a2

つきましては、幸福実現党は「原発の再稼動を求める市民集会・デモ」に参加し、一刻も早い原発の再稼動を政府に求めて参ります。ぜひ、多くの皆様のご参加をお待ちしております。(明日4月25日(水)11:00〜 大阪市役所東側 中ノ島 剣先公園集合⇒http://goo.gl/xCYpv

4月21日、野田首相はベトナムのズン首相と会談し、ベトナムでの原発建設計画に対する日本の協力推進を重ねて確認しました。(4/22 東京「ベトナム原発 建設協力確認 首脳会談で首相」⇒http://goo.gl/aQGok

両政府は2010年10月、ベトナムの原子炉二基の建設を日本側が受注することで合意しています。ズン首相は、日本側がベトナムで最先端の技術を使って、最も安全な原発を建設することに期待を表明しました。

アメリカは、東北大震災発災後に34年ぶりに原発の着工を決定しました。東芝の子会社の製品が使われます。今回、アメリカで原発建設が再開されることになったのは、「日本の技術を使えば、マグニチュード9.0の大地震にも大丈夫だ」という信頼感が生じたからだと考えられます。(『Will』4月号 渡部昇一著「原発興国論!」参照)

実際、震源地に最も近かった東北電力女川原発は、原子炉は地震後すべて自動停止し、冷温停止と呼ばれる安全な状態になりました。そこで敷地内の体育館等を開放して最大約360名の避難者を収容し、食事等の提供がなされました。女川原発も、福島第一原発も原子炉は、大地震に耐えたのです。この耐震性の信頼度は世界が認識しました。

日本の原子力発電技術は「世界最高」と認められています。情緒的脱原発論でなく、事実を直視すべきです。

福島第一原発事故で放射線被ばくによる死者はゼロです。福島県民の被ばく線量は、健康被害も全く見られないレベルです。警戒区域の多くは、もっと早くに帰れたはずです。そもそも避難する必要もなかったという意見もあります。(『福島 嘘と真実』高田純(札幌医科大学医療人育成センター教養教育研究部門教授)参照)

日本政府は引き続き、原子力発電を基幹電力の柱とし、我が国のみならず、世界の原発の安全の向上に寄与すべきです。(文責・加納 有輝彦)

執筆者:加納 有輝彦 (17)
幸福実現党 岐阜県本部幹事長


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石原発言の各紙の取り扱い 2012/4/19(木)

石原慎太郎東京都知事の尖閣諸島購入発言の翌日の、朝刊の取り扱いに大きな差がでましたね。

産経や読売は、当然一面に大きく掲載されていました。朝日新聞も一面扱い。
毎日は、精読してませんが、見出しを見つけることができませんでした。全部ページをめくったんですが、見落としたかもしれません。

地元の中日新聞は、二面に「必要なら国が購入」と石原都知事の名前は見出しにはありませんでした。
見出しに石原氏の名前を出さないところが、民主党応援新聞たる中日新聞の面目躍如というところでしょうか。

中日は、「『尖閣』石原発言 〜都税は暮らしのために〜」と題した社説を掲載。

石原氏の国士としてのやむにやまれぬ大和魂を全く理解しようとしない、2009年の政権交代選挙時の民主党の詐欺フェスト、いやもとい、マニフェストの「生活第一」という亡霊を見る思いでした。


 国士の憂国の思いを受けて、「生活第一」と云う神経が、私には同じ日本人には思えない。中日の社説は、おきまりのセリフで締めくくる。

「中国世論をいたずらに刺激することは逆効果ではないか。外交問題を複雑化させない知恵の歴史に学ぶことも必要だ。」

 外交問題を複雑化させない智慧の歴史ってなんだ。かつてチベット政府が、中国共産党人民解放軍に対して、日よって、結局国を取られてしまったが、それと同じように日よって尖閣をとられてしまえ!ということ?

 まぁ、民主党応援新聞ですから、そういうことなんでしょうかね。


 それにしても、地主の栗原氏が、国(民主党政権)に対して不信感を持っているんですね。中国漁船衝突事件の腰抜け対応で衝撃を受けたようです。しかし、石原都知事だったら売ってもいいということですね。

 栗原氏も、領土問題を大変憂慮している。もし、栗原氏が民主党のような売国奴だったら、何百億円で、中国に売っていたかもしれない。我が国の領土を守るためにいかなるオファーに対しても、それを突っぱねて売らなかった。

 栗原氏も、国士ですね。

 国には売りたくないが石原さんなら売ってもいいという文脈を理解したとき、藤村官房長官が、国が購入してもいいと簡単に言ってのけたことは、盗人猛々しいというか、なんていうんでしょう?そのデリカシイのなさに、腹がたつ!

 ほったらかしにしておいて、(自民党も同じだが)よくもヌケヌケと云えたもんだ。

 石原氏、栗原氏の憂国の情を全く理解していない。同じ日本人に思えない。


だから、より一層、中日新聞が、二面に「必要なら国が購入」と石原都知事の名前を出さずに、あたかも政府が正論を言っているような見出しにしていることに、唖然とするのである。

どうせ、政府が購入しても、何もしないだろう。(地主栗原氏もそう思っている)

 まずは、石原都知事の構想、真の意味での実効支配を急ぎ行うべきと思う。

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人間は日和る。天は日和らない。 2012/4/16(月)

 北朝鮮による長距離弾道ミサイル発射を受け、国連安全保障理事会の議長国・米国は13日、北朝鮮を非難する草案の作成に入った。

米ライス大使は、議長声明を「最低ライン」に草案を作成したいとの考えを理事国に伝えたという。

13日中に採択したい意向だったとされるが、中国が「早すぎる」と難色を示し、本国と相談する時間を求めたという。

 中国は北朝鮮を刺激する措置は避けたい意向で、草案に盛り込む文言の表現を巡り米中間で最終調整が行われる見通しだ。(4/14毎日新聞要約)


 
 本来は、法的拘束力を持つ、制裁決議が必要だと思うが、やはり中国は、刺激したくないとして、議長声明あたりに落ち着くのだろうか。

 中国が事実上、北朝鮮の存在を支援し容認している。

仮に、日本も、無作為を通し日和見したら、それは北朝鮮の存在を容認するということだ。

北朝鮮には、二つの国がある。一つはショーウィンドウ都市「平壌」という特権階級のみが住むことができる都市だ。

もう一つは、平壌以外の、動物以下の生活を強いられている人民が存在している国だ。強制収容所では常に多くの人民が苦役に従事している。人間より大切にされている牛の、牛糞の未消化のトウモロコシを食べて飢えをしのいだという手記を読んだことがある。昔の出来事ではない。現在ただいまの話である。

 また、特権階級の幹部も、選択肢はない。指導者に逆らえば、殺される。ただそれだけのことなのだ。即、死が待っている。


 たしかに、北に制裁を加えると、特権階級ではなく、飢えた人民がさらに飢えることになるというジレンマがある。 


 しかし、決断しない人間のままでいいのだろうか。


 収容所独裁国家たる北朝鮮の存在を、許さない存在がある。

 それは、人間ではない。「天の意志」である。


〜北朝鮮の悲劇は、何としても終わらさなくてはならない。2012年がその「終わりの始まり」となるであろう。
 次の指導者・金正恩の将来は、良くて武田信玄なきあとの武田勝頼の最期だろう。(武田勝頼:武田家を滅ぼした当主)(中略)
 悪ければ、イタリアのファシズム体制の最期、独裁者ムソリーニのように民衆から石つぶてを投げられながら、木からロープでつるされることになるのではないか。〜
『北朝鮮終わりの始まり』(大川隆法著)あとがきより抜粋

 時に、人間はジャンヌ・ダルクのごとく神命を受けて戦うことがある。(理念として不正と戦うという意味であり、一義的に武力行使により戦うという意味ではない。残念ながら国と国という関係の中で、武力紛争に至ることは普遍的にあり得るが)

 日本人は、これこそ戦争の原因と嫌悪する。神がいるから、宗教があるから戦争が起こると嫌悪する。

正義なるものがあるから、戦争がおこると、これらを教条主義と嫌悪する。国がなければ、宗教がなければ、戦争は起こらない。ジョンレノンの「イマジン」の世界だ。実際、ブッシュ大統領は、イマジンを嫌ったという。(変な話だが、イマジンを聞きながら戦闘行為はできないだろう)

 私も十分理解できる。偏狭な教条主義、原理主義が戦争を起こすことを。イマジンの理想郷もわからないではない。憎しみを超えた高貴な愛の世界を歌っているのかもしれない。


しかし、チベットの若き僧侶を見よ。

宗教的自由をはく奪されることへ抗議し、もう二十人もの僧侶が焼身自殺を図った。

国際社会への唯一のアピールの方法として焼身自殺を選ぶのだ。彼らの多くは十代、二十代である。

 人はパンのみにて生きるにあらず。

 宗教的自由を奪われ、奴隷としてただ肉体生存を維持することのみに耐えられないのである。

 チベット仏教があるから、彼らが死を選ぶことになってしまったというのか。チベット仏教がなかったら、彼らは死を選ぶ必要がなかったというのか。だから宗教が人間を不幸にするというのか。

 人間は、単なる肉の塊ではない。肉体以上の精神的価値を求め続ける存在である。

逆説的に、これは渡部昇一氏なども指摘しておられるが、歴史上、人間の高貴なる精神が最も輝く瞬間とは、皮肉に聞こえるかもしれないが、往々にして戦争の時なのである。

 もちろん、ここでいう戦争とは、おそらく司馬遼太郎氏の指摘通り、戦場に騎士道精神、あるいは武士道精神が残っていた日露戦役あたりまででありましょう。

 現代戦は、単なる殺戮兵器が、機械的に無機質的に人を殺すのみである。そこに高貴なる精神は微塵もみられないだろう。戦争を美化するつもりはない。

 日本の神々も、ある意味戦う神々であった。

だから、国家神道への拒絶感が、同時に神々への不信ともなっている。

 単なる殺戮のための殺戮行為は否定するが、しかしながら戦争時における、肉体生命を超えた価値観に殉ずる高貴な精神に、人はまた感動する。

 私も、日本が無神論国家に侵略されるとなれば、日本のために銃を取るだろう。

 天は、無数に肉体生命が、ただ肉体生命として生き、死ぬことのみを望んでおられないようである。一つの生命が、高貴なる価値のために、高貴なる使命のために生命を燃焼する、生命の輝きを望んでおられると思う。

 かような意味において、歴史上、戦争が単なる「虚無」ではなく、そこにまた生命のドラマがあり、人はそれらのドラマに酔うのであろう。

 私は、決して戦争を礼賛しているのではない。
先の大戦で多くの学徒、優秀で教養に満ちた学徒が「殺人マシーン」とならなければならなかった悲劇を手記等で間接体験している。

 何を書きたかったのであろうか。そうだ、北朝鮮を容認することは断じて許されない。戦争は絶対に避けるべきだ、しかし、戦争を避けることが最優先となり、結果、北朝鮮の人民の悲劇を看過し続けることも許されないと思うのである。


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ダブル・チェックの間に命を落とさなければならない日本人??? 2012/4/15(日)


HRPニュースファイル242【北ミサイル失敗】日本の危機管理は大丈夫か? (文責:黒川白雲政調会長)で指摘された事実。

〜発射が失敗に終わっていなければ、既にミサイルが日本上空を通過している8時過ぎの段階で、政府がミサイル発射情報を掌握、伝達できていなかったことは極めて重大な問題です。日本領土に落ちてくるようなことがあれば、避難は完全に手遅れになり、火の海に陥っていた危険があります。〜

もう一度、時系列で確認したい。

4月13日

午前7時38分  ミサイルの発射

7時42分   米軍の早期警戒衛星(SEW)による第一報が首相官邸に入る。(韓国も同じ)

7時50分頃  米韓メディアはミサイル発射の速報を開始

8時03分   Em-Net(エムネット)での第一報「わが国としては確認していない」 

8時16分   防衛省から官邸に正確な発射情報が伝達

8時22分   田中防衛相「何らかの飛翔体が発射されたとの情報がある」 

10時9分   田中防衛相「失敗だった可能性が高い」 


ミサイル発射44分後の8時22分に、やっと「何らかの飛翔体が発射されたとの情報がある」と発表。これではあまりにお粗末すぎる。

藤村官房長官は会見で、発表の遅れについて「SEWは誤情報の可能性もあり、レーダーなど他の情報手段によりダブルチェックで確認することになっていた」と述べ、何度も「ダブルチェック」と強調。

発射前に誤報した09年の失態を繰り返さないよう独自情報にこだわって慎重を期した上、ミサイルが通常の軌道を描かず確認作業が難航し、情報発信が大幅に遅れたと釈明。検証の必要性を認めた。

 北朝鮮のミサイルは日本に向けて発射された場合は、7分前後で日本に到達すると云われている。

ダブル・チェックってどういう事?

 ダブル・チェックしている間に、飛んでくるじゃないですか。

ダブル・チェックしていたとう釈明を、行うこと自体、まったく緊張感もなければ、寝ぼけているとしかいいようがないと思うのだが。(専門家ではないのですが、悠長に時間をかけたダブル・チェックの意味がわからない)

 おそらく、日本に飛んでくる可能性はゼロらしいということで、念には念を入れて無用なトラブルを避けたいということだったのだろう。

 しかも、のんきに、慎重に、ダブル・チェックをした挙句、「何らかの飛翔体」という始末。

米韓メディアは、北朝鮮の事実上の弾道ミサイル(ballistic missile)とアナウンスしていた。


 消費税増税一直線の、国防にさしたる興味もなければ、緊張感もない首相官邸の「のんき」に、「こりゃだめだ!」と思ったのは私だけではないと思うのだが・・・。

 
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「増税ブラザーズ」のあまりに空しい党首討論 〜野田 VS 谷垣〜 2012/4/13(金)

11日、野田首相、谷垣自民総裁の党首討論。

またもや、手続き論に終始。せっかくのTV中継入って、国民にアピールできる場なのに、特に、谷垣総裁、どうしてここまで空虚な討論になってしまうのでしょうか。言葉に魂が、凄みが感じられない。



(党首討論要約 恣意的にデフォルメしました)

野田:どうして党首会談(党首討論じゃなく)やってもらえないんですか!

谷垣:あなたは、嘘をついて、しかもやるべきことをやらず、そもそも消費税増税をいう資格がない。

野田:自民党も消費税増税10%、おいらと一緒じゃないですか。

谷垣:うそをいったんだから、その前に信を問うべき!

野田:そんなにいじめるんなら、しょうがない、「重大な決意で臨みます!」

野田&谷垣(内心):お互い、「財務省洗脳済み増税ブラザーズ」の出来レースなんで、しらけるわ。こんなもんでしょ。


冗談ぽくって恐縮ですが、
お二人の討論は、毎回、どんなに言葉を費やしても、正味この程度の内容にしか、私には聞こえません。


谷垣総裁は、空虚な出来レース党首討論に、せめてものアクセントをつけるため、時に語気を強め、時に言葉を荒げる演出の努力はございました。

「国会で議論するのが先だ。(審議の)具体的なやり方も示さないで『待った』をしているとは無礼千万!

そしてクライマックス!
「せめてマニフェストの問題点をしっかり反省し、撤回して、けじめをつけていく。それでなければ私は嘘の片棒をかついで増税に賛成するわけにはいかないということは明確に申し上げておきます」

 谷垣総裁は、このクライマックスで噛んでしまった。出来レースなので魂が入っていない証拠。


本当は、野田政権の政策の致命的欠陥を、追及する絶好の場所なのに、空虚な手続き論で終わってしまう。現政権の政策の滅茶苦茶さは、突きどころ満載のはず。(デフレ不況下での増税の愚、国防の脆弱性、原発再稼働の一貫性、基準の欠如、経済成長戦略がない、脱原発の問題、田中、小川、国務大臣の不適格性等々)


最後に、近藤駿介氏のブログ(In My Opinion)から引用させて頂きます。

野田総理は、「決められない政治」=「消費増税を決められない政治」だと思い込んでいるようだ。しかし、野田総理が決断しなくてはならないことは、消費増税に政治生命を賭けるのであれば、国民の信を問うということである。こうした正々堂々とした決断が出来ない総理に、民主主義、政党政治を崩壊させるような消費増税議論を突き進めることを絶対に許してはならない


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泥棒に追い銭、政党助成金 即時撤廃すべし! 2012/4/10(火)


総務省は6日、政党助成法に基づき2012年分の政党交付金額を決めた。受給を申請していない共産党を除く11政党への交付総額は320億1400万円。http://goo.gl/jc2Rj


件の国民新党も、ちゃっかり4億4200万円交付される。亀井静香、亀井亜紀子両氏は、当面、このおこぼれにあずかることはできない。


お時間のある方は、噴飯ものの政党助成金の成立経緯を参照されたい。
泥棒に追い銭、政党助成金の即時撤廃

〜自民党の総裁で唯一首相になれなかった河野洋平が言った『国民だまし』の方便は、「コーヒー一杯分の政治」。 国民に政治資金を出させ、企業、団体からの献金をなくす、と言うものだった。 コーヒー一杯分とは250円と言う金額で、政党助成金は、掛ける日本国の全人口と言うことだ。〜


 この政党助成金なる制度、なんで税金で支持もしない政治家の選挙活動応援しなきゃいかんのですか。

なんで、税金で選挙活動するんですか。

政治家も官僚と同じ公務員ですか?

 この政党助成金の交付条件が、「政党要件」という奴。これでミニ政党は消滅する。

 そして、この「政党要件」は新規参入障壁そのものです。現役政治家の既得権益そのものです。

無能な税金喰い虫を、税金を使って温存させる、この噴飯ものの政党助成金は、即刻撤廃すべし。

 えっ?政党要件満たせない負け犬の遠吠えですって?

 まっ、どう思われようと、税金使って、応援する気もない候補者の選挙活動に使われたんじゃ、たまったもんじゃないです。

 コーヒー一杯分だから許せよって?

 とんでもないですよ。全部でどれだけ税金とられているか考えたら、自動車重量税、ガソリン税、石油石炭税、消費税、酒税、住民税、所得税、、、許せません。

 無能な人に、税金はびた一文与えてはなりません。税金を有効に使う有能な人に、我々納税者の承諾の上で与えるのです。

 約束を破っても恬として恥じない嘘つき政治家の選挙活動に、どうしてコーヒー一杯おごる義理があるのですか。
 
 日本の納税者は、もっと怒らなければなりません。これは、公憤です。みなさん、本当に、税金食べている人は、税金だから水道水じゃないけどジャブジャブ使うのへっちゃらなんですよ。

現代の納税者は、江戸時代の百姓に負けてます。彼らは、不条理な税金に、命をかけて怒ったのです。
武装集団に、剣でなく、鋤や鍬で立ち向かったのです。

 嘘つき政治家は、我々から略奪する権利は一切ない。

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国会の会期延長7カ月?どじょうのどろまみれ戦略なノダ。 2012/2/19(日)

野田政権のおかれた立場は、次の言葉に集約される。

幸福実現党大川隆法名誉総裁の新刊
「もしケインズなら日本経済をどうするか」まえがきの言葉に集約される。
一部引用させて頂きます。 
            
 3・11の大震災で無力感に打ちひしがれ、思考力を麻痺させられている従順な国民の良心にだまし打ちをかけ、長期増税を押しつけるなど、地獄の悪魔も尻尾を巻いて逃げだす所業だ。
 さらにマスコミをも懐柔し、増税しても「国会解散」に持ち込ませないように画策している様は、民主政治ならぬ、「悪徳代官談合政治」である。
 今は、絶対に緊縮増税財政をやってはならない。
主権者は国民なのだから、憲法に言う通り、役人はパブリック・サーバントとしておつかえすべきだ。
与党・民主党のマニフェストがすべて「ウソ」と証明された今、下野するのは当然だろう。国民を愚民視するんじゃない。


 この難詰に、野田政権の置かれた立場、すなわち下野することが、お天道様に恥じない道ということが示されている。

 しかし、どじょうは、もとい、野田総理は、どろまみれ戦略を画策しているというではないか。

青山繁晴氏のこの前のアンカーで詳述していた。

 野田総理の側近の証言。

野田総理は、通常国会を七カ月延長し、通年国会にできないか、研究しているという。来年、年明けして通年国会を閉じ、一日休んで、その次から通常国会を開き、任期一杯までひっぱるというのである。

 通常国会は、一回だけ延長できる。期限に決まりはない。そして衆議院の優位が適用できるというのだ。(参院で否決されても衆院の優位で実行できる)

 マスコミは、なんのかんのいって、民主党には甘いから、野田総理が泥にもぐることを容認するかもしれない。

 すると、ずるずるずるずるとぬかるみのような国会が、通年で行われる。悪夢だ。

 しかし、この通年国会の間に、ぬかるみに足をとられて、塩漬けにされてしまう御仁がいるというのだ。

 それが、橋下大阪市長率いる、大阪維新の会だ。

確かに、橋下氏には、深い歴史哲学に根差した「思想性」「政治思想」が希薄なので、これは塩漬けされる可能性は大いにある。

 6月ころの総選挙を想定して、橋下氏も、マスコミも共に盛り上げ、走っているのだ。

しかし、このどじょう総理の、泥まみれ、ぬかるみ通年国会で、確かに橋下氏は、塩漬けされるかもしれない。

 いまの民主党が、自民党だったら、絶対にこのような通年国会戦略は、マスコミが許さない。
徹底的に自民党を叩きのめした筈だ。しかし、民主党に対してはそうではない。

 マスコミは容認するかもしれない。

しかし、天は、このような野田総理の醜い、美しくない、潔くない、どろまみれ戦略を断じて許さないだろう。

 本来、人間が起こすべき革命が、マスコミと野田政権の悪魔的結託で、もはや実現できないのなら、

 神の革命が起こるであろう。

 神の鉄槌が日本に下されるであろう。

野田政権は、「真」「善」「美」という価値を、いずれもないがしろにしている。

 人間が思いあがった時、人間が「真」「善」「美」からあまりに遠ざかった時、神の革命がなされる。

 天変地異もその革命の端緒の一つである。

神々は、もはや、野田総理の、泥まみれの醜さに耐えきれなくなっているのである。

 なんとか、人間の力で、救国の闘いをしなければならない。


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週刊文春2/16号「橋下教育改革は、選挙目当てだ!」を読む。 2012/2/15(水)


 昨年、11月の大阪ダブル選での勝利から、橋下大阪市長率いる地域政党「大阪維新の会」の国政選挙への進出に関する報道でマスコミは持ちきりだ。

 「維新版・船中八策」の骨子をまとめ、その内容が全マスコミを通じて大々的に報じられる。このニュース報道は、このPR効果はお金に換算すると莫大なものとなろう。

 ミニ政党などは、もう存在が消滅している。橋下大阪維新の会にあらずんば、政治家にあらずの勢いだ。

 橋下大阪市長が、日本の政界再編の渦の中心人物ににわかになってしまった。

政権交代、政権交代と喧伝し、亡国売国民主党政権を作ったマスコミが、その反省の総括もまったくないまま、橋下フィーバーの震源地となって、今度は、橋本政権でもお作りになるつもりなのだろうか。

 世の政治家は、橋下氏にへつらう。

 橋下市長の言は、確かに痛快である。庶民の拍手喝さいの気持ちも理解できる。

 しかし、いまいち、橋下市長の政治思想がわからないという人は多いようだ。


そこで、週刊文春2月16日号「橋下教育改革は、選挙目当てだ!」が、非常に橋下市長の政治手法を考える上で、参考になる記事だ。読んだ感じで、意図的に悪口をいおうとしている感じがなく、信頼できる内容であった。ライターの良心が伝わる内容であった。

 橋下氏の政治手法は、小泉元首相の、ワンフレーズポリティクスに近いといえる。

有権者にとって、分かりやすい、理解しやすい構図、拍手喝さいを浴びやすい構図を提供することが最優先されている。

 その際、善玉、悪玉という構図ができると最高だ。

大阪府の学力テストの成績が全国で45位だったことに激怒し、「クソ教育委員会!」と罵り、橋下氏VS教育委員会という図式が、観客である大衆の拍手喝さいを浴びるという図式だ。

 何より、私が橋下氏に懸念を抱いたのは、理念より、選挙で有利となる構図の演出を優先している点だ。まずは、権力を持たなければなにも実現できない、選挙に勝たなければ意味はないという立場にたてば、理解できないことはないかもしれないが。

 しかし、記事の中で、「大阪教育維新を市町村からはじめる会」元幹部の神谷氏の激白(激白というほどのものでなく冷静なコメントであった)を読み、橋下氏の姿勢に率直に疑問を感じた。

橋下氏の府知事時代の話である。
 
大阪教育維新の会の会合の席で、参加者から、日教組の人権教育の代わりに、生き方、家族のあり方といった「徳育」を推進したいと提案があった。
 しかし、橋下氏は、徳育はイデオロギーが絡むからやりたくないといった。

さらに、神谷氏が、教育学者・高橋史朗氏の推進する「親学」をやりたいというと、知事は、できるだけわかりやすいことをしたいと「親学」はよそでやって下さいという意見だったという。

 そして、わかりやすい事というのは、校庭の芝生化とか、数字でわかる学力向上をやろうということだったという。

 これには、教育を真面目に考えている参加者から非難があり、会を止めるという人も出たと言う。

 高橋史朗先生の親学は、私も学んだ事があります。教育を憂える心ある真正・保守の人であるならば、深く共感できる内容であります。

 こういった真面目な取り組みより、わかりやすい事をして、選挙民にアピールしたいという事でしょう。

 そして後日、TV番組「たかじんのそこまで言って委員会」に出席した橋下氏の発言に、関係者は驚く。

 俳優の津川雅彦さんが、「日本人の美徳を大事にしよう」と徳育などについて話した時、橋下氏が、「僕もやりたいと思っていたのに、官僚がやらせないんですよ」と発言した。

 この発言に、関係者は驚いたというのだ。

関係者の一人、神谷氏はいう。
橋下氏は、今でも弁護士。その時、その時のクライアントのために、法廷で勝たなければならない。以前の考えと矛盾していても、勝ち続けることが評価となる。
 政治という法廷で、国民という陪審員にどううまくプレゼンするかが橋下氏には大事なのです。

 
 なるほど、私が、なんとなく橋下氏に感じていたこと、「思想性が感じられない。政治思想も浅薄に感じる。」その原因がここらあたりにあるのかなと感じました。

 神谷氏は同時にいいます。
停滞した政治に、橋下氏の突破力は必要です。ただ、橋下氏には理念が感じられず、そんな彼に大阪の政治家がなびく現状に強い危機感を感じたんです。


 突破力としての橋下氏。

 国民という陪審員へのプレゼンとしての政治。

そこに、深い、政治思想がはたしてあるのか。深い政治思想を封じ込め、今は、権力を持つことに、つまり勝つことだけに専念しているのだろうか。

 橋下フィーバーがしばらく続くだろう。

彼の政治思想が、偽りが本物か、さあ、どう見分けるのか。
そもそも政治思想というより、その時々の選挙を勝つための戦略の一部としての政策が全面にしばらく並ぶのだろう。

 でなければ、徳育や親学より、芝生を選択することはないと思うのだが。

まだまだ、わからない事が多すぎる橋下氏ではある。


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過ちを改めるにははばかることなかれ。 2012/2/7(火)

 内閣府自殺対策推進室が1月23日に自殺対策強化月間(3月)の標語として採用した「あなたもGKB47宣言!」をめぐり、民主党から異論が噴出。

野田佳彦首相は6日、参院予算委員会で

「私も違和感を覚える。

過ちを改めるにははばかることなかれ。

批判を受け止め、対応を研究したい」と撤回を表明した。

 GKB47は、「ゲートキーパー(GK)」「ベーシック(B)」の頭文字と47都道府県から命名したというが、人気アイドルグループ「AKB48」をもじったのは明白。

政府や民主党に抗議電話が殺到していた。
(産経新聞 http://p.tl/_90Z


 
 いつも野田首相の批判ばっかりの私ですが、
今回は、野田首相が、論語の一節を効果的に使用し、
久々に引き締まった答弁であったと思う。

 内容如何ではないが、論語の

過ちを改めるにははばかることなかれ。

 これが、非常に効果的だった。


 海江田万里元経産相は、漢文の素養があり、漢文に関する著書も持っている政治家であったので、国会でも漢文をしばしば使った。

 かつて田中真紀子氏も、外相時代、意外にも漢文、四文字熟語を多用していた記憶がある。

四字熟語等、古典の教養は、時に大きな力となる。

 幸福の科学グループ大川隆法総裁が、かつてテレビ朝日のサンデープロジェクトに出演し、司会の田原総一朗氏の「講談社にどうして信者があのようにファックス攻撃をしたんですか?」と批判的な質問を受けた際、

「一罰百戒(いちばつひゃっかい:一つの罰で百人の戒めにする意)ということです。」

 勢い勇んで質問した田原氏は、キョトンとして、それ以上言葉が続かなかった。

一罰百戒の意味を知らなかったのかもしれないが、あの田原氏が、しぼんでしまった様に、
四字熟語の威力をまざまざと見せつけられた。
 
 このような文脈で、
今日の、野田首相の論語の言葉の引用は、
ピタッと決まったのである。



 日頃の、野田首相の答弁は、官僚より官僚的答弁が多く、情けない気持ちになるが、
こうして古典の教養が、一瞬ではあるが、ヤジも止まり、聞かせることになるのである。

 政治家にとって、言葉は武器であり、それを下支えするのが、教養、特に古典からの引用などが効果的になされれば、一定の尊敬を受けることになると思う。

 民主党の閣僚を見ると、このような古典的教養が、最も欠如している人々に見える。
それで、答弁が非常に浅薄となっている。

 故白川静博士は、
日本人が幼稚化したのは、漢文の素養をなくしたからだと喝破していた。

また、韓国から漢字が消え、ハングル文字のみとなった時、韓国人の思想が浅薄になったという学者もいる。

 言葉は武器、教養は力。
政治家こそ広い教養が必要なのだと思う。


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『ニューズウィーク』(日本版2009年9月2日号)「沈みゆく日本」を振り返る。 2012/1/30(月)

 評論家気取りで、自分は安全な場所にいながら、批判をするという事はしたくない。

私は、浪人の身で政治活動をしている。安全な場所から遠吠えしているわけではない。

お許し頂こう。

 政権交代より2年と数カ月が過ぎた。

2009年8月末、まだ総選挙投票日前であったが、政権交代を予想して、『ニューズウィーク』(日本版2009年9月2日号)が「沈みゆく日本―成長戦略なき空っぽのマニフェスト、ビジョンなき政権選択で、アジアの大国の座を守り抜けるのか」という見出しで発売された。

『30日の総選挙で自民党が敗北して政権交代が実現しそうだが、民主党は国家の成長戦略すら描けていない。中国が急速に台頭するなか日本の取るべき針路とは』

『民主党は自国をアジアの一員と位置づけ、欧米との関係を最優先せずに世界の自由市場というコンセプトを否定。「友愛」をスローガンに内政では各種支援の拡充強化、外交では東アジアに向いている。(しかし)驚くべきことは、自民党に指摘されるまでマニフェストに「経済成長戦略」が明記されておらず、日本の窮状を十分に理解していないようだ。』と指摘していた。

ニューズウィークは、正確に民主党政権が招くであろう国難・悲惨を予測していたではないか。

 日本のマスコミが、「政権交代」「政権交代」と扇動し、実際、マスコミが政権交代を実現させた事を考えると、ニューズウィークの炯眼(けいがん)に対し、日本のマスコミのあまりの情けなさに涙こぼれるの心境である。
 
 幸福実現党は、当時、民主党政権が実現すると「国難」が来ると警告を発した。マスコミはほとんど無視をした。

 あれから2年。

マスコミは、反省したのか。
民主党は、反省したのか。

いや、ますます劣化している。恐ろしいほどに劣化している。
あろうことか、国家社会主義への道を驀進している。マスコミ諸共に・・。

幸福実現党名誉総裁でもあられる国師大川隆法氏の新刊「もしケインズなら日本経済をどうするか」のまえがきを是非お読み頂きたい。(もちろん、本文も)

マスコミも含め、現政権に対する「仏神の怒り」がいかほどのものか、想像をはるかに絶するものがあります。

〜3/11の大震災で無力感に打ちひしがれ、思考力を麻痺させられている従順な国民の良心にだまし打ちをかけ、長期増税を押し付けるなど、地獄の悪魔も尻尾を巻いて逃げ出す所業だ。さらにマスコミをも懐柔し、増税しても「国会解散」に持ち込ませないように画策している様は、民主政治ならぬ、「悪徳代官談合政治」である。〜

〜与党・民主党のマニフェストがすべて「ウソ」と証明された今、下野するのは当然だろう。国民を愚民視するんじゃない。〜


未だ民主党に甘い主要テレビ・新聞からは決して聞くことのできない激しい「難詰」です。

仏神は、野田政権を許さない。仏の顔も三度まで、もう限界です。東日本大震災で終りにしなければなりません。人心の乱れは、さらなる天変地異を引き起こします。特に、総理大臣の心象風景、心は大事です。そこに間違いがあると、それは国民に災難、難儀なことが起こるのです。国民が犠牲を払うのです。

もはや、野田政権を倒す事そのものが、国民の幸福の為にかくべからざるものとなりました。

幸福実現党は、国民の幸福のために野田政権倒閣運動を展開してまいります。

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生き恥を晒す野田総理 〜噂のYouTube映像〜 2012/1/25(水)

自分のことを棚に上げて、人さまの悪口を軽々に言うもんではない。
その通りと思います。
どんなに悪口言われている、政治家にも
家族があり、
子供にとってはかけがえのない父でありましょう。

一方で、世界で一番悪口を書かれるのは、
アメリカ大統領でしょう。
それは、核のボタン一つで
彼の決断一つで
多くの人の命を奪う権力を持つ人だからです。

この文脈で、政治家は批判されなければならない立場にあります。

その上で、
野田総理を批判することは、一定の正当性があります。
だから、これから野田総理の批判をすることの正当性を皆さんに認めて頂きたいと思う事は許されると思う・・・

が、

これから書くことは、批判、悪口というより

単純に

驚きです。



いま、話題の動画です。

いまの野田総理の発言と比べると、その真逆ぶりに驚嘆します。

動画で野田総理が訴えている事は、そのままブーメランとなって今の野田総理を切り刻みます。

これほど今と真逆の事をいっている映像もめずらしいでしょう。

この映像を見ると、

嘘つきと批判する値打ちもない。

恥の精神の喪失、もう人間じゃなくなっている、

昔のサムライだったら、この映像とのギャップを恥入り、間違いなく切腹をしていたでしょう。

このギャップを普通の良心は耐えることができない。

孫子の代まで恥を晒すことになる。

少なくとも、精神的切腹、辞任するしかない。

でないと、政治家は世の中でもっとも賎しい職業となる。

こんな生き恥を晒して、ネバーギブアップと、税金泥棒に徹している野田総理は、

もはやマインド・コントロールされた操り人形だ。

 いま、日本の政治を動かしているには、政治家ではないのではないか。

誰かが、背後に潜んで

動かしているのではないか。

 いやなものを感じる。

 これほどの生き恥を、生き恥と感じない「デモーニッシュ」な得体のしれないものが、マスコミからも許容されて徘徊しているのだ。

 われわれは目覚めなければならない。

天使の眼でしか、

真実は

見えないのかもしれない。

 われわれの、地上の利害関係でがんじがらめになった汚れた眼では、何も見えないのかもしれない。

 ここに、宗教政党の存在意義があるはずだ。

がんじがらめに絡めとられた立場を

超越しなければ、

もはや、日本は

自力再生できない。


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財政赤字だから増税でなく、財政赤字だからPPP思考。 2012/1/24(火)

日本は、狂ってる。
愛国心一杯の私であるつもりだが、
いろいろ勉強するにつれ、
政府とマスコミの大増税翼賛体制になりつつある日本を見る時、
どう考えても狂っているとしかいいようがない。

政府・財務省・マスコミがこれほど一体化して
大増税に向けて世論誘導している時、
それをよしとしている我々国民

なるほど、「民」という漢字の語源が、
片方の目を串刺しにされて、
白濁した目が
奴隷の目印にされたという(白川静 字統)

見えなくされた存在が、
民というわけだ。

いま、まさしくわれわれ国民は
見えなくされて、悪しきものを唯々諾々と受け入れてしまっている「民」そのものだ。


財政赤字だから増税やむなしとあきらめさせられている。
見えなくされてしまっている。
大政翼賛会から(TVから新聞から)われわれの目に向けて、毎日毎日矢が放たれ、
我々の目に突き刺さっている。

財政赤字だから、増税だと
※最近では、社会保障のために増税だと、巧妙に刷り変えている。

全く逆だ。

財政赤字を出したら、
まず経営責任を問え。

誰も責任を取っていないではないか。
そもそも根本のところが問題なのだ。

財政赤字だから増税ではない。

赤字経営している会社が、経営者の責任を一切問うことなく
ひたすら値上げ、値上げしているのと今の国は変わらない。
すべての責任を消費者に押し付けている。
こんな理不尽な、バカなことが許されるはずがない。

しかし、日本では、それが大手をふるってまかり通っている。

国の財政破綻、自治体の財政破綻を救う道は、
やはり民間の力だ。

いま、
PPP思考が注目されつつある。(Public-Private Partnership)

公共団体の仕事(行政サービス)の80%は、民間に移管できるといわれている。
もし、公共団体が手放すことなく、仕事を独占し、それでいて民間よりサービスの質が低いと仮定したら、それは彼らが「税金泥棒」ということだ。

アメリカの自治体の65%が、このPPPの考え方を取り入れている。
シティー・マネージャーが、自治体の経営を行っている。民間が自治体を運営するということである。

彼らの成功事例には、驚くべきものがある。

能力のない政治家・公務員の予算の50%の予算で、しかも、行政サービスを黒字化しているのだ。

50%の予算規模で20%の利益を出している事業もある。

無能な首長は、倍の予算を使って、財政赤字を作る。

 だから、財政赤字を出したら、増税なんていう理屈は、普通の経営論から言ったら、有り得ない話なのだ。

財政赤字を出したら、経営者(首長・自治体幹部)を首にするのだ。ひっこんでもらうのだ。

冠婚葬祭等、選挙・選挙に明け暮れている政治家は、経営の学習などやっていない。税金を食んでいる公務員は、もともと経営感覚がない。

だから、増税ではなく、経営者を変えるのだ。しかも、経営のプロに。それがシティー・マネージャーだ。当然、シティー・マネージャーのパフォーマンスが悪ければ、彼もまた変えられるのだ。

 野田政権の増税一直線路線は、
経営責任を問われるべき責任者たちが、無罪放免され、一切責任を問われることなく、
国民・消費者にすべての責任を転嫁して恬として恥じない、税金泥棒たちの犯罪行為なのである。

 われわれは、われわれの目に突き刺さった矢を抜きとろうではないか。

TV、新聞から毎日解き放たれる、われわれを見えないようにしようとする矢に気をつけろ。

 われわれは、その矢を拒否する。

目に突き刺さった矢を抜いた時、
この現代日本が、
江戸時代の封建制とそうそう変わらない社会、
あるいは、情報統制という意味では、
中国、北朝鮮とそう変わらない社会に住んでいることが
自覚されるのである。

われわれは目覚めなけれなならない。

いま、「隷属への道」を歩いていることを。


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いま、ここにある「アウシュビッツ」北朝鮮強制収容所 2012/1/18(水)

強制収容所

私たちは、アウシュビッツのことは歴史的事実として知っている。私の住んでいる所から近くの岐阜県加茂郡八百津町は、ユダヤ人にビザを発給した外交官、杉原千畝の生誕地ということで記念公園もあり、ユダヤ人の苦難の歴史、そして強制収容所の悲劇は、映像等で学んでいる。

しかし、今はアウシュビッツは、歴史的遺物となった。

戦後、進歩的文化人は「アウシュビッツ」を饒舌に語った。曰く、偉大なドイツの芸術、例えば、ベートーベンの音楽は、どうしてアウシュビッツを防げなかったのか?と。

往々にしてその志向するところが、独占資本の否定、アメリカ帝国主義の否定等、左翼思想に流れていった。ベトナム戦争でゲリラに悩まされた米軍の戦いは悲惨であった。軍人も住民も区別がつかず、ゲリラ掃討が、住民虐殺へと繋がった。悲惨な映像、写真が世界に配信され、一気に反戦運動が盛り上がった。

日本では、ベトナム反戦運動の盛り上がりと戦後左翼的思想の興隆は一体のところもあったと思う。

その反米思想が、現在の沖縄基地反対運動に未だ流れている。

反米・反戦運動の旗手、朝日新聞は、一方で親中であり、朝日(ちょうにち)新聞と呼ばれている。NHKも渋谷の本社に中国のCCTVを同居させ、親中報道を主としている。

朝日を代表に、日本のマスコミは、中国を刺激しない、これが最優先事項となっている。

 この親中マスコミによって、重大な事実が隠ぺいされている。

それが、いま、現在進行形のアウシュビッツ、北朝鮮強制収容所の存在である。

 金親子孫独裁政権が存続しているのは、中国の支援あればこそである。
中国の支援が、現代の悲惨「北朝鮮強制収容所」をも容認し存続させている。

 進歩的文化人の流れを組む、やさしい良心的左翼たる「人権活動家」は、なぜ、北朝鮮の地獄「強制収容所」を告発しないのだ。日本のマスコミは、なぜ、隣で起こっている地獄を告発しない?(一部、試みがなされているが、一過性のもので、最終的には中国を刺激できないというところでブレーキがかかる。)

 すべて、中国を刺激したくない。さもなくば、北京の事務所を存続できない。という打算である。

 しかし、見よ。

私も含め、臆病者、無関心の日本の中で、唯一、北朝鮮の悲劇に敢然と立ち向かおうとしておられる存在がある。(厳格にいえば、すべての自由を剥奪されている人々の解放であるが)

 幸福実現党名誉総裁でもある大川隆法氏、その人である。

 大川隆法総裁は、なんと発言されておられるか。

「今年、北朝鮮を解放させなければならない。崩壊させるなら今年。」である。http://p.tl/JoFJ

 この言葉の意味するところの重大さに気付いている日本人はまだ少ない。日本人は眠っている。

 北朝鮮の強制収容所の驚天動地の悲惨を知る人ならば、いや、当事者、人間として生きる事を許されず、ネズミやヘビ、牛フンの中の未消化のトウモロコシがご馳走であるところの人間以下の北朝鮮の同胞(はらから)達の立場に立って見よ。

 日本に、北朝鮮を解放させなければならないと宣言したる「存在」がある、この事実を知る由もないが、いかほど彼らにとって「希望」であろうか。

 
 多くの日本人はアンネの日記を愛読した。彼女がノルマンデー上陸作戦を知り、そのD−DAYの事を日記に書いているが、その狂喜乱舞の気持ちを私たちは分からないであろう。
地獄へ救出に向かう天使軍団に見えたであろう。
しかし、北朝鮮の拉致被害者等、もう何十年もD−DAYを待ち続けていたはずだ。

 しかし、日本人は、自国民の救済すら出来ない国に堕落してしまった。

いま、大川隆法という御存在が、D−DAYの日は近い、いや、解放するのなら今年と宣言されたのである。

 本来、政治家がいうべきことだ。それが、宗教家が宣言せねばならにほどに、日本の政治は堕落している。これが、「辺境論」の極致でもあろう。光は、辺境の地から発される。

 現代における辺境とは、地理のことではない。差別され、裏の世界に閉じ込められた辺境という意味である。現代において、宗教はまさしく辺境そのものではないか。

 そこから、真なる光が照射されるのだ。

アジアの光と称された釈迦。

アジア同胞を救わないわけはないではないか。

 以下の動画に、北朝鮮強制収容所の実態が詳しく語られている。この動画は、必見である。いま、ここにあるアウシュビッツから、目をそむけてはなるまい。

 日本人が、いま、内にこもり、貝殻のように閉じた世界で生きている。世界の希望も、世界の悲惨も見ようとしない。少なくとも、ヨタ記事ばかり発信している大マスコミはそうだ。
 
 もう、日本人も、今年目覚めなければ、「終りの始まり」は日本人に対する言葉となるであろう。

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誰も知らない驚愕の北朝鮮 TheHenmamo チャンネル

 


一憂国者の紙つぶて 加納有輝彦

一憂国者の紙つぶて 加納有輝彦

故南原宏治氏の講談的弁舌を想う。 2012/1/15(日)

渡部昇一著「中村天風に学ぶ成功哲学」を読んでいて、非常に興味深い話があった。

それは、理路整然とした(学術的な)知識よりも、講談的な荒唐無稽な話のほうが潜在意識には入りやすいのではないかというのだ。

ゼロ戦のエースといわれたパイロット坂井三郎の話が紹介されていた。
それは、坂井氏が危機に瀕した時に、かつて読んだ面白い講談の逸話を想い出して助かったのだそうだ。

敵弾がどこかに命中し、頭から流れ落ちる血で片目が見えなくなった時、柳生十兵衛の講談を咄嗟に思い出したと言う。十兵衛が父からつぶてを投げるけられ、片目にあたったが、潰れた目はあきらめて、見える目で父を睨んだというような話だ。

その話を思い出して、空中で飛行機が横転して飛んでいても慌てずに、見える方の目を頼りに飛行機を操ったという。

また、別の交戦で負傷した時、頭を触ったら、手がずるっと中に入ってしまったそうだ。そこでパニックになるところを、今度は坂本龍馬の話を思いだしたという。龍馬が頭を斬られた時に、中岡慎太郎に向かって「わしは脳をやられちょる。もういかん。」といって倒れたという話です。

 話の真偽はわからない。しかし、講談的な安物小説の中ではそうなっている。ともかく坂井氏はその話を思い出したと言う。あの龍馬も脳をやられた、自分もやられた、だから自分だけじゃない、頑張ると、気力を振り絞って機体を立て直し、千キロも先のラバウルに戻ったという。

講談的武勇伝は、インチキ臭いものだが、しかし子供頃面白がって読むと、土壇場でパッと思い出す。
だから、いい講談、勇ましい人の話、立派な人の話を、子供のときに読むことは、腹の据わった人物を育てるためにも極めて重要なのではないかという。


 この渡部昇一氏の洞察を読んで、ハッと思い出した方がいる。

それは、二十代の時、お世話になった故南原宏治氏である。

南原氏は、舞台等で日本一坂本龍馬を演じたと自負されていた。大変龍馬ファンだった方だ。

 そう、南原氏は子供の頃読んだ講談というより、おそらくは舞台で演じた演目のセリフだったと思う。講談風のセリフだ。

 「わしは脳をやられちょる。もういかん。」このセリフも幾度か南原氏の口から聞いたものだ。
 
 南原氏の話は実に魅力的で、勇気の源泉だった。今でもそれこそ、南原氏の音声・抑揚と共に、「わしは脳をやられちょる。もういかん。」なんてセリフも思い出すし、Z旗を掲げた壇上から「皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ!」と叫ばれた声が耳に残っている。 

よく、龍馬最期の手紙を読まれた。俳優の鍛えられたのどで、魂を込めて読まれた。
聞きながら涙したものである。


龍馬の最後の手紙を読みます。


『私けっして、永くあるものとおぼしめしは、やくたいにて候。しかるに人並のようになかなかめったに死のうぞ、死のうぞ。

 私が死ぬ日は天下大変にて候。

土佐の芋掘りとも何ともいわれぬ居候に生まれて、一人の力で天下を動かすべきはこれまた天よりすることにて候。

龍馬は天よりの使いにて、この国に新しき種を植え付けに現れたものとおぼしめしくだされ、私死すとも、日本の諸方に新しき花が咲きそろわば、誠にめでたきこととお笑いくだされたく候。

何卒、斯角(しかく)お笑いくだされ度候』

、これが龍馬最後の手紙です。

 龍馬はこの日慶応三年十一月十五日。誕生日です。そして死にました。三十三歳。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、その後、少し調べたが、龍馬最後の手紙としてこの手紙を確認できなかった。
事実だろうと思いますが、万一、事実じゃなくても、南原さんが最後の手紙と認識し、魂を込めて朗読して頂いていたこと、この事が大事だ。我々の生き方を鼓舞してくれた事、それが大事だ。史実だったかどうか、関係ない。学者の論文発表ではないからだ。

なるほど、理路整然とした(学術的な)知識よりも、講談的な荒唐無稽な話のほうが潜在意識には入り腹の据わった魅力的な人物を作るという洞察は、南原氏を思い出すだけで真実であると思った。

 大人になって懐疑的な姿勢で読んだりしたものは、潜在意識に入らない。

英雄豪傑の講談というのは、尾ひれがついていい話のエッセンスになっている点がいいと渡部氏は洞察されます。その通りと思います。

 憲政の神様 尾崎行雄の和歌にこのようなものがあります。

正成が 敵に臨める 心もて

我は立つなり 演壇の上


これなどは、楠木正成の講談風英雄伝から、正成になぞらえて国会の演説に臨んだ心境をうたったものです。楠木正成が戦場で敵に臨んだと同じ気持ちで、議会の演壇にあがるのだという尾崎の心意気を示したものだ。勇気の源泉になっているわけですね。


 私は講談的荒唐無稽な英雄伝をあまり知らない。だから、腹ができないのかもしれないと思う。しかし、幸いにして南原宏治氏のあの演説そのものが、講談風であったから、私の勇気の源泉となり得ていることに感謝している。

 あまり、理路整然とした学術書みたいな本ばかり読んでいると、人間が小さくなるのではないか。
 だから、日銀の白川総裁のように、経済成長を否定するような、ちんこい人間になってしまうのかもしれない。日銀マンには、高橋是清の生涯を講談風に面白くした伝記を読んでもらったらどうか。

私の裡で南原氏の声が鳴り響いている。

ちんこい。ちんこい。

と。


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万世一系 皇紀2672年の皇統を亡国民主党が破壊する? 2012/1/12(木)

 青山繁晴氏アンカー(1/11)の動画を見て、驚いた。

野田政権が、本気で本年中に女性宮家の創設など皇室典範改正問題を検討していくという。

藤村官房長官は、今回は、まず女性宮家の創設に絞り、皇位継承の問題とリンクさせないと発言した。この発言から、今回は皇位継承問題はやらないが、次回は、皇位継承についても検討するという意味だろう。

 野田政権の意図は、人事に現れている。担当の内閣官房参与には、皇室制度に詳しい園部逸夫・元最高裁判事(82)を起用した。

 この園部逸夫氏こそ、女系天皇容認者の最右翼なのである。すなわち、野田政権の意図は、女性宮家の創設を足がかりに女系天皇を認めるという方向であろう。

 消費税増税だけしか頭にない石頭と思っていたら、女性宮家の創設も検討するという。

つくづく民主党という政党は、やると言ったことをやらず、やるなんて一言もいってないことをやる。インチキ政党だ。

しかし、私は畏れる。

2600年にわたる万世一系(男系・父系)の日本の伝統を、日本の歴史開闢以来初めて変えるという、しかも、日本の歴史伝統に敬意を払わない、皇室に敬意を払わない、靖国神社も参拝しない亡国・売国民主党の野田政権下で行うという「歴史上恐るべき皮肉、挑戦」である。

 神々の怒りを畏れる。一番ふさわしくない、亡国・売国政権下で行おうとしている。

神をも畏れぬ暴挙であろう。

 もっとも、恩師松下幸之助翁の「無税国家論」を捨て去り、忘れ去り、翁が戦った財務省の軍門に下り、恬として恥じない野田総理には、神を畏れるというような高等な精神作用は持ち合わせていないのであろう。

 日本の神々の怒りは、古来、火責め水責めで表現される。

昨年が菅直人という「親中親北朝鮮・左翼市民活動家」宰相の下で、東日本大震災、大津波の水責めにあった。
今年は、万世一系の皇統を汚そうとしている不信の輩、野田首相の下、火責めに遭わないことを祈るのみである。


 野田総理の潜在意識(守護霊)が、江戸時代の富士山噴火を見たことがあると言っていることが少し、気になる。(「沈みゆく日本をどう救うか―野田佳彦総理のスピリチュアル総合分析」大川隆法著)

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増税を推進している新聞各社は、果たして購読料値上げをして、購読数を減らす勇気ありや? 2012/1/8(日)

 五大紙がこぞって「増税は仕方がない」「野党は野田政権に協力すべき」という報道姿勢で統一されている。
 年初から政府、マスコミがこぞって「消費税増税やむなし」の大合唱を行なっている。

 ならば、五大紙は、こう宣言しなければならない。

社会保障・税一体改革の大綱素案の決定通り、
(2014年4月に8%、2015年10月に10%、消費税率が上がる)

「五大紙は、税率UP分をそのまま購読料に転嫁し、率先垂範して値上げします。よって、価格決定権を有する大手企業も見習って、税率をそのまま売価に転嫁し、値上げされたし。決して、下請中小企業にさらなる値引き圧力をかけるなかれ!中小企業が、税率UP分をそのまま転嫁できるよう大企業は配慮されたし!」

こう宣言すべきである。

 すなわち、朝刊・夕刊購読料を、現行、3,925円から、2014年4月には、4,037円に、2015年10月には、4,112円に値上げしますと宣言しなければならない。

 これだけ、消費税増税を推進しているのなら当然だ。

中小零細企業が、増税を機に、さらなるコストダウンを要求され、結局、消費税増税分を転嫁することができず、自分が身を切ることになることが予見される中、新聞社は、率先垂範して増税分をそのまま転嫁し、下請を泣かせないよう模範的行為を示さなければならないのである。

 3,925円が、4,112円に値上がりすれば、このご時世、おそらく夕刊を打ち切るとか、場合によっては、安いS新聞とかT新聞に切り替える世帯が増えるであろう。あるいは、購読を打ち切る世帯も増えるであろう。

 ただでさえ、新聞購読数が減ってりるのである。間違いなく購読数は消費税増税を機に減る。

しかし、どうだ。表向きは、消費税増税を推進しながら、裏では、新聞に対しては、軽減税率を適用するよう嘆願していると言われている。いや、すでに密約がなされているという噂もしきりだ。

 もし、裏で、新聞に軽減税率が適用されるとわかっていながら、表向き、国民に対して消費税増税を容認せよ!とキャンペーンを張っているとしたら、これほどの背信行為はないであろう。

 そのような新聞社は、一切、政治家等の背信行為を糾弾する資格はなくなるであろう。
一切の信頼は消えるであろう。

 国民の皆さん、万が一、このまま政府の素案が成案となり、国会を通ったとしたら、2014年4月と、2015年10月の新聞購読料に注目しよう。

 消費税税率UP分がそのまま転嫁され値上げされているかどうか、注目しよう。

もし、税率UP分が転嫁されていないとするのなら、次の二つを疑おう。

@ 下請業者を泣かせ、値引きを強要し、価格を抑えている。

A 密かに、新聞だけ「軽減税率」が適用されている。

どちらも、オピニオン・リーダーとして許されない行為である。

ただし、新聞社本体の正規社員の給与削減等、リストラにより価格を下げたのであるのなら、この限りではない。


 不況時、デフレ時に増税をするという非常識、間違った政策を、5大紙が容認、推進していることの責任は、しっかりとってもらわなければならない。

 もう一度、言う。
3,925円が、4,112円に値上がりすれば新聞購読数は間違いなく減る方向に圧力がかかることは、火を見るより明らかである。


 これが、不況時に消費税増税をかけることの間違いなのである。消費不況をもららすということなのである。

 200万の車なら、210万に値上がりするということなのである。

他人が付加価値を創造し産んだお金を食べて生きている人たちにはこの簡単な理屈が分からないらしい。


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忘れ去られた?宮崎口蹄疫と新燃岳噴火を振り返る 2012/1/6(金)

 東日本大震災があまりに大きな災害であったので、忘れ去られた感があるが、昨年の1月19日、鹿児島県と宮崎県にまたがる霧島連山の新燃岳がに小規模噴火を起こした。続く26日に再び噴火、これはかなり大規模な噴火であった。
 ちょうど東国原知事が1月20日をもって任期満了し退任した。それと前後しての小噴火・大噴火であった。東国原氏は、心は都知事選への準備に移っていた時期であったと思う。

 この時期、宮崎県は不運続きだなとネットなどに書き込みが相次いだ。それは、前年、2010年4月に宮崎で口蹄疫が発生。約29万頭の家畜が殺処分され、同年8月27日に終息宣言。それから年明けして間もない時期での噴火であったからである。

 そして3月11日に東日本大震災の発生。

4月の東京都知事選は、通常の選挙戦と打って変わり、静かなものとなった。東国原氏は、約170万票を集めたが、現職の石原慎太郎知事に90万票強の大差をつけられ、落選した。

 一説によると、ぎりぎりまで出馬の意志を示さなかった石原都知事は、東国原氏が都知事になることを阻止する目的で立候補したとも言われている。


 東国原氏と口蹄疫、新燃岳の噴火、

 菅元首相と東日本大震災。


石原都知事は、東日本大震災の発災後、「大震災は天罰」と表現し(後に撤回)、我欲に染まった日本人のあり方を批判した。市民運動家上がりの菅元首相の「不徳・我欲」も意識してたと思われる。

 また、東国原氏が都知事になることを阻止した理由に、東国原氏の「不徳」を察知していたのかもしれない。そう口蹄疫、火山の噴火を招いたかもしれない「不徳」である。

 政治指導者には「徳」が必要である。

野田総理に果たして「徳」が備わっているのか。

 智・仁・勇が徳の要素であると言われている。


 智=財務省官僚のいいなり、財務省傀儡政権の野田総理に智慧があるとは思えない。

 仁=3月11日以降、なんと財源論を延々と行い、何はさておき救済するという実践はなかった。そもそも不況時、震災時に増税するという事自体、非常識であり、そこに「仁(愛)」はない。

 勇=増税以外の案件に関しては、官僚以上の官僚答弁を繰り返し、熱意がない。増税にのみ、蛮勇をふるっている。悲劇的にピントがずれている。


 野田総理は、あるいは「悪人」なのではないかとの見方が出てきている。表向き、ムニャムニャ善人ぶっているが、やっていることは増税一直線、国家社会主義への道をまっしぐら。

 さらに、恩師松下幸之助氏の政治哲学「無税国家論(小さな政府)」を忘れ去り、捨て去り、大恩を忘れた姿に、傲慢さを感じるのである。

 このままだと、官栄え、民衰え、民間のお金が合法的に剥奪される。これ増税なり。やがて自由も奪われる。

 野田総理は、想像以上に悪人(悪代官のように)である可能性が高い。

この不徳が、さらなる「天変地異」を招かなければいいのだが。


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幸福実現党岐阜県本部 参議院選挙区代表:加納有輝彦オフィシャルサイト
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