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今上天皇・元首の本心 2012/9/9(日)


 いよいよ、大川隆法総裁による「今上天皇・元首の本心 守護霊メッセージ」が近々に発刊される。
宮内庁からのお咎め等も覚悟の上の出版でございましょう。
あるいは、○翼筋の襲撃?等も覚悟の上でございましょう。

 それもこれも、日本が今、大国難にあり、本来ならば、今、ここで国家元首・今上天皇の「詔」「大御言」が発せられてしかるべき緊急時だからである。

 しかし、現実の天皇は、官邸と宮内庁の合意事項以外、発言が許されていない。一切の政治的発言は、されない、封印されておられる。

 さればこそ、大川隆法総裁の稀代の霊能力を使って、守護霊のメッセージを国民に公開するのである。形は違うが、今上天皇の「詔」である。

 振り返れば、平成の御代になってより、20数年経済成長は止まり、サリン事件、阪神大震災、東日本大震災等々、難儀な時代だった。

 特に、昨年の東日本大震災後の日本にあって、天皇のプレゼンスが際立った。
この事に関し、西村眞悟氏の巨大な説得力に圧倒された記憶がよみがえる。(一度このブログでも紹介した)

 少し、振り返りたい。(引用したい)

西村眞悟氏
 昨年起こった東日本大災害に際して、いずれの規範が現実のことに対処しえたかといえば、大日本帝国憲法ですわ。

あまり報道されませんが、戒厳令布告してもいい事態でした。・・・

そこでね、あのときの天皇のね、ご存在はいかなる存在だったか、最高の危機管理者としての存在だったと、権力者としての危機管理者ではない、しかし日本の危機管理者、つまり統治者だったと。

それは大日本帝国憲法第一条の「大日本帝国は万世一系の天皇これを統治する」そのものの姿であったなと。

  ・・・・

 我が国家が近代化するときに何が必要だったあといえば、国家の姿、ネイションの姿これを確認する事が必要で、大日本帝国憲法と同時に発布された教育勅語には、見事にネイションの姿を言い表して昨年の危機に遭遇した時にそれはまさに具体化していると、これを見るか見ないかこれが議論の分かれ目です。

 目をつぶればそれがなくなるというのならかまわない。われわれは、国家の将来に存続に、サバイバルに責任を持つ立場で議論しなければならない。

したがって天皇は存在する。厳然とそれは制度でも何でもない、文化の中にも歴史の中にもあるんだ。

引用以上

西村氏の考え方に賛同するとかそういう次元ではなかった。西村氏の巨大な説得力(アプリオリなもの)に圧倒された。

 大日本帝国憲法第一条の「大日本帝国は万世一系の天皇これを統治する」そのものの姿であったなと。

そして、西村氏の圧倒的説得力をはるかに凌駕する現象がいま、起きている。

今上天皇の本心を国民に公開するのである。

日本開闢以来の大事件である。

 この平成の御代に、天皇の「詔」が発せられるのである。

私の母の天皇に対する態度を直接知っている者として、本来、恭しく神事としてこの書を手に取らなければならないだろう。



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日本政府の誓い〜「対日3条件」で仰せのとおり石原氏の上陸を阻止します。〜 2012/9/6(木)

 尖閣諸島購入問題で、中国政府が属国日本、もとい日本政府に突き付けた「対日3条件」

(1)日本人(特に石原都知事)を上陸させなるべからず!
(2)日本人は資源調査をするべからず!
(3)日本人は開発するべからず!(建造物を造るべからず!)

民主党は、中国政府へ恭順の姿勢を示さなければ、何されるかわからないと白旗を上げる。

そこで、恭順のサインとして、

尖閣諸島(3島)を国が直接地権者から購入する。石原都知事には購入させない。そして、船だまり(漁船の待避施設)などの施設は一切作りませんと中国への恭順の姿勢を示す。

 民主党政府の精神的宗主国中国様を怒らせては大変。腫物には触らない。何もしない。
何もしないことを持って「安定的実効支配」と称しているのである。

 諸悪の根源は、自衛権という自然権までをも否定している、すなわち主権国家・独立国家たる日本を否定するための「日本国憲法」である。

 しかし、不磨の大典になってしまった日本国憲法は、改正できない。破棄する勇気もない。

ならば、幸福実現党の「憲法9条適用除外」、すなわち「諸国民の公正と信義に信頼し・・」という前提が崩れているところの、平和を脅かす中国、北朝鮮に対しては、9条を適用しないという決意、これこそ現在、許される現実的カードである。

 もう、日本という国家が、世界地図から消えるか否かの瀬戸際にきていると言わざるを得ない日本の現状。絶望しようと思えばそれも許される体たらくではある。
 
 しかし、最期の抵抗を試みる。負け犬の遠吠えと云われようが、構わない。
「死を覚悟したとき、勇気の本当の意味がわかる」と松陰先生の言葉の意味が、いま、ほんの少し、実感としてわかってきたような気がする。

 もはや、50歳を過ぎ(明治維新の志士たちから言わせれば、私はもはや余生を生きている、生き過ぎた、生き恥を晒しすぎたと言わしめるであろう)、自分の事ごときで生きようと思う「欲」はあまりない。

しかし、「先人の営為の総体としての歴史、国家」のため、「命を賭した勇者・聖人たちの青史」のほんの一翼を担うという意味において、大いに命を燃焼させたいと思う。

 自己満足のためでもない。過去の勇者・偉人たちの系譜「青史」に殉じたいという衝動である。

 この衝動が自己満足のためと云われればそれまでかもしれない。が、そうではない。

肉体に限界づけられたちっぽけな人間が、永遠に連なりという形而上の衝動である。

 結局、人類に歴史がなかったら、私は生きる意味を見いだせないと思う。

そういえば、若いころ、藤原新也の「メメント・モリ」死を想えという写真集が話題になって読んだが、その中に印象的な言葉があった。

 歩みつづけると、女の人は子供を孕むことがあります。
 歩みつづけると、男の人は自分の名前を忘れることがあります


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醜い谷垣自民党の破廉恥行為 〜見よ!問責決議の内容を〜 2012/8/30(木)

 国民の生活が第一や、みんなの党などが提出した野田総理大臣に対する問責決議が、29日の参議院本会議で野党側の賛成多数で可決された。
 驚くべきは、自民党が賛成したことである。
 下に、問責決議内容を記す。(青字)

 民主・自民・公明の三党談合による国民不在の消費税増税法案の成立を、公約違反であると糾弾する内容である。

 その3党合意の当事者、談合による消費税増税を断行した、谷垣自民党が問責決議に賛成したとはどういう事だ。

 自らを否定し、糾弾する問責を自らに向けて決議しているのである。そして自ら自身を自己批判することなく恬として恥じないとは、もはや人間とは思えない。

 内容なんか関係ない、この際、問責決議そのものが重要だという判断だ。

しかし、谷垣自民党のこの行為は、巨大な失望感、絶望感を少なくとも真面目な心ある憂国者に与えた。彼らの魂を汚した「醜い」行為である。 

 そう、非常に醜い行為である。

保守政治家の矜持を捨て去った絶望的に醜い行為なのである。我々が求めているものは、畢竟、政治家が国家国民の幸福を願って、損得利害を超越した「気概」を示すことである。


 己の思想信条、己の発した言葉、行為の原則を捻じ曲げるような行為をすることは、かつてのサムライなら許されないことである。

新渡戸稲造の武士道でこう述べられている。

「生命は、これをもって主君に仕える手段であると考えら​れ、その理想は名誉におかれた。武士の教育はすべてこれ​に基づいて行われたのである。」

 主君に仕える手段は、国家国民のために仕える手段であると読み替えてもいいだろう。谷垣自民党は、名誉を捨てた。

いい意味での名誉心、仏神の前に断じて恥じないという名誉心を捨てたのである。

 今の谷垣自民党は、武士道の魂が枯渇した、干上がった単なる抜け殻に過ぎない。もはや死したのである。

 国家破壊主義民主党と、本質的な戦いをすることなく談合し、自主憲法制定を悲願とする戦後自民党の名誉を捨て、野党ですらなかった自民党。今度は、自らを糾弾する問責決議に賛成する。

 もはや救いがたし。廃墟と化したのである。

このような醜態を広く天下に晒すことは、かつての武士であるならば、決して耐え難く切腹ものであったろう。



 内閣総理大臣野田佳彦君問責決議
 本院は、内閣総理大臣野田佳彦君を問責する。
 右決議する。

 理由
 野田内閣が強行して押し通した消費税増税法は、2009年の総選挙での民主党政権公約に
違反するものである。

 国民の多くは今も消費税増税法に反対しており、今国会で消費税増税法案を成立させるべき
ではないとの声は圧倒的多数となっていた。

 最近の国会運営では民主党、自由民主党、公明党の3党のみで協議をし、合意をすれば一気呵成 (かせい)に法案を成立させるということが多数見受けられ、議会制民主主義が守られていない。

 参議院で審議を行う中、社会保障部分や消費税の使い道等で3党合意は曖昧なものであることが 明らかになった。

 国民への約束、国民の声に背く政治姿勢を取り続ける野田佳彦内閣総理大臣の責任は極めて
重大である。

 よってここに、野田佳彦内閣総理大臣の問責決議案を提出する。



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ニュース番組の無国籍性に哭く 2012/8/21(火)


尖閣や竹島問題に関するTVニュースを見ると、「いったいこれは​どこの国のニュースなの?」と云いたくなるようなものが多い。放​送の中立性の名の下に、アナウンサーは無国籍者となる。一切の価​値判断を放棄し、まるで機械のように伝達するのみ。そして次のニ​ュースへ移る。

 アナウンサーは、日本人としての矜持をも捨て、伝達機械に徹す​る。一秒前には、哀しみにくれるニュースを流していたかと思えば​、次の瞬間、お笑い、おめでたいニュースを伝達する。
 私は思う、尖閣や、竹島のニュースを読み、日本人としてその屈​辱に耐えきれず、次のニュースへ移ることのできなくなるような「​赤心」を見せてくれるようなアナウンサーが現れないかと。

放送の中立性の名の下に、国を想う心、赤心、誠さえも消し込む姿​を毎日毎日垂れ流している「ニュース報道」こそ、日本を堕落する​元凶である・・・と言いたい。

 プロフェッショナルとしてまじめに使命を遂行すればするほど、​日本人の魂が死んでいく。
 ニュース番組に惑わされてはならない。価値判断をし行動する人​間が歴史を創る。価値判断を放棄したニュース番組は、決して歴史​を創らない。歴史を退行させるのみ。

このようなニュースファイルのアップを許可して頂ける幸福実現党黒川政調会​長の太っ腹に感謝(T_T)

HRPニュースファイル372を投稿しました。よろしければ、ご一読頂ければ嬉しく思います。

http://www.hr-party.jp/new/2012/27936.html


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大正生まれ 1,348万人の男たち 2012/8/16(木)

 「太平洋戦争最後の証言」全3部(小学館)を完結したノンフィクション作家門田隆将氏が週刊ポストに寄稿していた。(週刊ポストも小学館)

 門田氏は特に、太平洋戦争の主役世代である大正生まれにスポットを当て、証言を集め、著作にまとめ上げた。
 
 私自身の両親が共に大正生まれであったことから、門田氏の大正世代に向けられた尊敬の念は、非常に共感する。

 1,348万人という数字は、大正生まれの男の人数である。
そして大正生まれの男たちの戦死者の数は、およそ200万人にのぼる。
 すると、同世代の約7人に1人が戦死したことになる。

昭和20年8月の終戦時、大正生まれの若者は、18歳から33歳だった。私の父は、26歳だった。まさしく最前線で戦った戦争の主役世代であり、戦後復興の主体でもあった。
ちなみに、大正元年生まれは、今年100歳になる。

 門田氏は云う。
大正世代は、多くの若者が、世の中のなんの楽しみも知らないまま死んでいった。そして大正世代を「他人のために生きた世代」と思っている。

 戦場の最前線の主役であった大正世代は、戦後の経済復興の原動力の主体でもあった。
門田氏は1958年生まれ。私より2年先輩である。おそらくご両親が大正生まれだったと推察する。

 大正15年(昭和元年)生まれで今年86歳。大正世代は彼らの最晩年を生きている。門田氏は、彼らの肉声が永遠に消えると思い、ここ数年、太平洋戦争の最前線で戦った生存者を訪ね、全国を歩いてインタビューした。その数、百数十人にのぼったという。

 実は、私も両親とも鬼籍であるが、母からもっと戦前、戦中の話を聞いておきたいと思っていた。準備をはじめようと思っていた矢先、突然逝ってしまった。

 父母から断片的に聞いた話が記憶に少しばかり残っているのみである。門田氏の仕事は、大変貴重なものと思う。

 門田氏の著作の読者からは、「大正生まれの父の戦争体験の話を全く知らない。門田氏の著作を読んで、父の事を知れたような気がします。」のような反響がある。

 門田氏は云う。「他人のために生きた世代」すなわち大正世代は、非常に残念がっていると云う。現在のような日本にするために、命を捧げたのではないと。

 終戦記念日は、大正世代への感謝を深める日でもあろう。

この世の楽しみを何も知らないまま散っていった多くの大正生まれの若者たちの事を想い、また戦後復興を黙々と成し遂げ、GDP世界第2位まで発展させた原動力の主体、大正世代に感謝し、私は日本のため、世界のため、正しく生きていきたいと、この8月15日に誓いを新たにした。

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小役人風情の増税宰相「野田首相」の大罪 2012/8/11(土)

 消費税率引き上げを柱とする社会保障・税一体改革関連法は10日夕の参院本会議で、民主、自民、公明3党などの賛成多数で可決、成立した。

 法案成立を受けて、野田首相が記者会見を行った。

 野田首相の論理は一貫している。

増税は国民から嫌われる政策。できたら政治家としてやりたくないこと。
しかし、あえて、逃げずに有権者に嫌われるのも覚悟で、行わなければならないことが増税なんだという。

そんな自分(野田首相)に自己陶酔している感じだ。城山三郎氏の「男子の本懐」を気取っているのだろうか。

「男子の本懐」を気取っているとすれば、なるほどそうなのだ。

主人公の井上準之助が行った※金解禁は折からの世界不況に直面し、後に「暴風雨の前に雨戸を開けたようなもの」と評されたように、金融のみならず日本経済のあらゆる面に打撃を与え、井上の在任中は遂に回復することはなかった。東北地方では娘の身売りなどが相次ぐ、悲惨な境遇となった。
 濱口と井上が推進したデフレ下のデフレ政策や金本位制の復帰は、今日においては完全な失敗であると認められている。
 (倉山満氏ブログより引用)

 野田首相の消費税増税政策もデフレ下のデフレ政策である。


 本日の野田首相の記者会見の冒頭の演説は、人間の生老病死を語り、社会保障の必要性を語り、世界最速の少子高齢化を語り、消費税増税の必要性を結論付けた。

 生老病死の運命から逃れられない国民、社会保障のためのお金は誰が負担するのか、打ち出の小づちは決して存在しない・・・

 もっともな話にも聞こえる。しかし、なにか違和感がある。

それは、一国の総理大臣の言葉として違和感があるのである。

 野田首相の言動には、「繁栄・発展」の思想がない。

 野田首相が、財務省の小役人だったら、まったく違和感はないであろう。

三丁目の夕日が大好きな首相、下町人情、やさしさはあるのでしょう。
小役人だったら趣味の問題で、全く問題ない。

 しかし、一億数千万人の日本国民のリーダーとしては、それだけでは足らない。繁栄に導くサクセス・マインドが必要だ。

 以前、HS政経塾の川辺賢一氏のブログの言葉を紹介したが、再び紹介したい。

・・・全体主義政府は陳腐な小役人を使って、
数多くの人々を虐殺していったが、
現在の日本政府も陳腐な、党内融和しか頭にない、
日本憲政史上最も小役人的な宰相によって
万単位の人々が自殺に追い込まれようとしている。

アーレントがイェルサレムのアイヒマン裁判を見て驚愕したように、
全体主義の大量虐殺は一見善良な、
とるに足らない小役人によって、
粛々と日々の日課をこなすかのように行われるのだ。・・・


デフレ不況の下の「増税」という禁じ手を、小役人風情の宰相が粛々と行う。
これまた小役人風情の谷垣自民総裁と談合して。

 日本に必要なのは、国を繁栄に導くリーダーである。

繁栄を個人的に拒否する自由はある。個人の美学として「清貧に甘んじる」自由はある。しかし、一国の総理は、繁栄を否定することは断じて許されない。

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左翼思想の影響がない「オリンピック・メダリスト」たちの感謝の言葉 2012/8/9(木)

Facebookの惠隆之介先生のコメントに、
オリンピックでメダルを受賞する日本人選手達から「皆様のお陰で​・・」、「被災地の皆様のために・・・」という発言を聞くたびに​感動し、日本人の素晴らしさ、同胞意識をかみしめておりますが
という件(くだり)があったが、私も本当にそう思いました。

 ほとんどのメダリストから、「皆様のおかげで、皆様に感謝して、、、」そういう言葉が聴かれた。
 無理にへりくだっているとかそういう印象ではなく、自然と、気負いなく、さわやかに出てくる言葉たちであった。

 「皆様の支援あってこそ、ここまで来られた。」
「お世話になった皆様にお土産(メダル)を届けることができる、それが何より嬉しい。」
他者への感謝に満ち満ちたメダリストたちの言葉たち。

 私は、ふと思ったのである。
 
 彼らは、スポーツを中心に二十年、三十年の人生を送ってきた日本人。スポーツの指導者たちには、おそらくマルクス思想の影響より、日本古来の武道の「道」の精神の影響を受けた方々が多いのではないだろうか。

 礼の精神、感謝のこころ、自己鍛錬の精神、忍辱の精神等々である。

単なる私の思い込みと思っていただければ結構ですが、
彼らは、左翼思想の影響より、武道の「道」の精神の影響の強い師に指導され育った人たちなので、出てくるコメントが、「感謝の言葉」に満ち満ちているのではないだろうか。

 渡部昇一氏が講談社の創業者野間清治の人物伝を書かれたが、その中で、こう言っておられたのを思いだした。

 渡部昇一氏が子供のころ、熱中して読んだ大日本雄辯會講談社(現・講談社)のキングは、抜群に面白く、後年渡部昇一氏の教養の血肉となった。面白くてためになる。本当に健全な思想だったという。

 渡部氏は洞察する。何故、キングの思想が子供にも健全で、面白くてためになったか。それは野間清治氏が「左翼思想」の影響を全く受けていないことだという。

 左翼思想の本質は、「嫉妬心の合理化」なので途端にさわやかさや健全性が消えるのある。

 左翼思想の影響の強い例えば、菅直人氏らの陰鬱、暗さ、怒りっぽさ、皮肉っぽさ、非さわやかさと対比すれば分かりやすいだろう。

 菅直人氏がオリンピックのメダリストになることは間違ってもないだろうが、もし彼がメダリストになり、コメントを求められたら、
「私は国の施設での練習を拒んだ。市民体育館で市民として練習に励んだ。だから、このメダルは国に捧げるものではない。市民の皆さんのものだ。」とかなんとかいいうんじゃないか。まぁ、私の妄想だが。

 ことほど左様に、左翼思想が流れ込むと途端に、さわやかさが、素直さが、感謝の心が消えるのである。

 オリンピックのメダリストたちのさわやかな感謝の言葉たちに出会って、ふとそう思ったのである。

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「経済より命が大切」という観念論が、「節電殺人」を犯す。 2012/8/2(木)

 茨城県内で熱中症の疑いによる搬送者数は7月末までに646人に上り、統計を始めた平成20年度以降、同時期としては過去最多となっていることが1日、県のまとめで分かった。特に7月は昨年を135人上回り、同月として初めて600人を超えた。県は、ラジオやホームページ(HP)を通じて、熱中症対策を呼びかけている。
 県消防安全課によると、今年、これまでに熱中症で死亡したのは1人。水戸市で7月17日朝、通報で駆けつけた救急隊が、自宅居間で動かなくなっていた男性(83)を発見、既に死亡しており、死因は熱中症と判明した。(産経ニュース 8/2)


ここ一週間の統計(全国)では、熱中症患者における65歳以上の高齢者の割合は全体の42.8%を占めている。

栃木県では、7月中に熱中症で搬送された人数は104人で、うち45人が屋内で倒れている。

また、昨年度で見ると、東京都内で熱中症によって死亡したのは79人。そのうち屋内で死亡したのは69人で、うち66.7%がクーラーを使用していなかったという。(The Liberty web 2012.07.31 /www.the-liberty.com/article.php?item_id=4658" target="_blank">http://www.the-liberty.com/article.php?item_id=4658



実は、老人が律儀に節電をして、大勢犠牲になっているのだ。

これは、原発停止にからむ節電政策による “人殺し”である。


 もし都内だけでも、69人とは言わない、数十人規模で放射能を直接原因として亡くなったとしたら、間違いなく内閣は吹っ飛ぶ。

 放射能で亡くなれば、内閣が吹っ飛び、節電による熱中症で亡くなっても、そのニュースは単に忘れ去られていくだけだ。

 何かおかしいではないか。

脱原発・反原発の方向性ならば、人の命は重く、原発の必要性を示唆する方向性ならば、人の命は、一日たてば忘れ去れていくほどに軽い。

 もっと言えば、原発の怖さを強調すれば、週刊誌の販売部数は伸び、原発肯定ならば、特段販売部数は伸びない。

 福島第一原発事故以来、放射能の恐怖を強調する「週刊現代」が売上を破竹の勢いで伸ばしたことは周知の事実である。


 週刊誌の売り上げが伸びる方向性であれば、人の命は重く、でなければ、人の命など一日で忘れ去れれるほど軽いのである。


 このカラクリについては、もう一年前、幸福の科学グループの大川隆法総裁が、浜岡原発に近い幸福の科学静岡西支部精舎で「信仰と平和について」と題する法話を説いた際、指摘されていた。(The Liberty web 2011.08.21 http://www.the-liberty.com/article.php?item_id=2665

法話の後半、会場との質疑応答で、原子力発電についての質問に対する大川総裁の答えの中にこんな内容があった(要約抜粋)。
 

「国民の感情として、原発に対する恐怖があるのはわかるが、私はいちはやく『これはマスコミによる報道被害である』と言っていた」

「日本のマスコミは、自分たちの報道で被害が広がったことは言わないし、政府も隠蔽しているが、国民は相当、だまされて洗脳されている。私が言っていた通り、熱中症でたくさんの人が死んだ。特に老人が律儀に節電をして、大勢死んでいる。政府は、『一定の年齢を超えた方は節電を無視してください』と言わないといけない」

「(原発停止にからむ節電の)政策的に、政府はだいぶ“人殺し”をした。一日に数千人が救急車で運ばれた日もあった。もし、熱中症で亡くなったのと同じ人数が放射能で亡くなっていたとしたら大変な問題であり、これだけで内閣なんか吹っ飛ぶ。でも、(放射線で亡くなっても熱中症で亡くなっても)同じ命。政治主導のツケがここまで回ってくるとは」


「マスコミや週刊誌は(原発や放射線の影響について)正確な科学的知識に基づく報道をしていない。それは、悪い話を書いて恐怖をふくらませたほうが商売繁盛するから。一種の恐怖産業。逆に(原発停止にからむ節電で)熱中症で大勢の人が死んでも、その責任については黙っている」


「熱中症で亡くなるぐらいなら、悪い報道を読まないほうがいい」
(引用終了)


脱原発・反原発報道の過熱の裏には、週刊誌等の売り上げ増加・推進の意図も隠されているのだ。
 そして、誰も責任は負わない。

一方で、直接の死亡被害が出ていない、放射能に関しては、東電がひとり責任を負わされている。(東電の責任を全部否定しているのではない、東電を隠れ蓑とし、責任を免れている「存在」があるのではないかと云いたい。

 東電幹部、社員は、給料の減額等実質上の責任を負わされている。しかし、菅直人はどうなんだ。実質上の責任を負うているのか。

 脱原発・反原発であれば、無罪放免。

 原発推進であれば、その命さえ軽んじられ、存在を抹殺されるのが、今の日本だ。

残念なのは、戦前の日本のエネルギー危機(油断)、あるいは、せめて第一次オイルショック(油断)を肌身で感じた政治家が居なくなってしまったことだ。

 日本が資源小国であることを、肌感覚で分かっている政治家が居なくなり、観念論、感情論だけでエネルギー問題に取り組む、二世議員ばかりとなった日本。

 観念論でなく、等身大の肌感覚でエネルギー問題を考えて欲しいものだ。
でなければ、「経済より命が大切」という観念論で、事実上、国民の命が脅かされるのだ。

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世界史的事件現場 『希望の復活』 〜大川隆法総裁先生御生誕祭〜 2012/7/26(木)

 1806年、イエナ・アウエルシュタットの戦いに破れたプロイセンがナポレオンに征服されると、イェーナ大学は閉鎖せざるを得なくなり、ナポレオンがイェーナに入城した。

 当時、イエナ大学の講師だったヘーゲルはこの時の事を「世界精神が馬に乗って通る」と表現している。

 これになぞらえて表現するなら、
2012.7.25
埼玉スーパーアリーナで行われた幸福の科学ご生誕祭に登壇された
大川隆法総裁先生の「希望の復活」の講演を拝聴した私は、

「世界精神そのものの御存在から発せられた『言霊の音圧』を魂を共振させながら受け止めた。」と云いたい。


歴史好きな人なら、幾度も夢想したであろう。

世界史と云わず、日本史を彩る「いくつもの場面」にできることなら自分も、この心と体で居合わせたかったと・・・。

 だから、多くの人々が歴史的遺構などを訪れ往時を忍ぶ。

 時代を彩った高潔な精神の数々・・それらの「余韻」が何百年という時間を経ても、残ってゆく。

 何百年・何千年の時の経過を耐えて残る「凜」とした精神の余韻とは

 「高潔なるもの」「潔きもの」「純粋なるもの」そして「聖なるもの」「聖なる信仰」なのである。


昨日の幸福の科学ご生誕祭の空間において、

私たちは、圧倒的「聖なるもの」の臨在を魂で感じた。

 私的には、まさに世界史的事件の現場に遭遇した。


 時代の風雪を経て、遅れてくる青年たちに、後世への贈り物として残る「最大遺物」は、
高潔な精神であり、聖なる精神である。

 決して、人間の劣情を扇動するような「低俗」な週刊誌的情報ではない。しかも、それらは情報の提供者も報道者も、彼ら自身の肉体生活を維持するためのいくばくかの「お金」を自分が手にするために、ねつ造された「大嘘」と共に、自らの魂を売り渡した結果のものなのである。

 そのような「醜悪で下劣極まる情報」などは、時代の風雪どころか、数日間、他人の不幸を喜ぶ人間の劣情を満たすのみである。

 昨日、ご生誕祭に参集した人々は、納税の義務をしっかり果たし、その上で、世のため人のため尊い布施行を実践する「善良な国民であり、熱心な信仰者」である。

 欲から離れる「離欲」の修行を行っている人々なのである。

 あえて言おう。

 己の肉体生活を維持するために、週刊誌に魂を売り渡すような「卑怯な」人非人と真逆の人々なのである。

 現代の革命を起こすものは、武装した軍事力ではない。銃口ではない。

我欲を離れた「無我なる」人々なのである。

彼らは、我らは、我々の評価を刹那的な欲得低俗週刊誌などに決して委ねていない。

我々の評価は歴史に委ねる。そして永遠の今を生きる。

 
 最後に、ブログでも過去紹介したが、「宝島」で有名なスティーブンスンが著した「ヨシダ・トラジロウ」の最期を引用させて頂きます。
 国を違えても、吉田松陰という偉人と同時代を生きたスティーブンソンの高揚が伝わってくる。

 時代を超え残るものは、「高潔な精神」「聖なる信仰」であり、低俗な劣情をそそる悪魔の思想ではない。


"Familiar Studies of Men and Books" by Robert Louis Stevenson.
YOSHIDA-TORAJIRO より引用
http://homepage1.nifty.com/kybs/datastk/syoin02e.html 

「ここで私は、一言付け加えておかなければならない。

これは一人の英雄の話であると同時に、
英雄的な一般の人々の話でもあることを、読者が気づいて欲しいからである。
ヨシダのことだけを脳裏に刻み込むだけでは十分ではない。

私たちはあの足軽のことも、クサカベのことも、
また、熱心すぎて陰謀がばれてしまった長州の十八才の少年ノムラのことも、忘れてはならない。

これらの気高い志の紳士たちと同時代を生きてきたということは、気分がワクワクするようなすばらしいことである。

宇宙の比率で語るとすれば、たった、2,3マイル離れた所で、
私が学校で授業をのらりくらり受けているころ、
ヨシダは眠気を覚ますために自ら蚊に刺されていたし、

あなたが所得税の1ペニーを出し惜しみしているころ、
クサカベは高潔な名言を吐いて死に向かって歩んで行ったのである。」


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一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ 2012/7/25(水)


脱原発、オスプレイ反対、
意見表明は自由だ。

 しかし、昨今の日本人の姿は、まさに集団ヒステリーの様相を呈している。

石原都知事が、現代日本人の「我欲」に関し、ずっと批判をしておられたが、なるほど今の日本人一般は、我​欲のみで生きているといわれてもいたしかたあるまい。

 我欲の源泉は、「肉体生命の維持」にある。

 肉体生命の維持がすべてなのだ。だから、放射能、兵器は、その経済的、安全保障上の目的とかそういうものは一切捨象され、肉体に危害を与えるから「悪」なのだ。

 経済より命が大事という言葉には、一切の公共心、先人の祖国復興、発展のための営みへの想い、歴史伝統へのまなざしは感じられない。

 一切の「公」は捨象され、個人の肉体生命の維持のみに執着する。

 肉体に執着しているのである。

オスプレイの反対運動もしかり

沖縄の世論は、日本人の世論に思えない。日本人にしか分からない何ものかを共有しているという同じ国民としての世論とは思えない。

 むしろ、中国の世論に思える。

 日本という「くくり」が消えていこうとしているのではないか。


 日本という祖国のために戦場に行き、肉体生命を危険に晒すくらいなら、奴隷になってでも、中国の植民地になってでも肉体生命の安全を優先するというのが今の日本人なのだろうか。

 喰らい排泄するだけの動物的生存のみで人間は生きられるのだろうか。

私は、奴隷となり自由を失うのなら、命を危険に晒してでも祖国のために闘う。もちろん、祖国日本は、自由を愛する民主主義国家が前提であるが。

 チベットの若い僧侶を見よ。ガソリンをかぶり自らの体を燃やして訴えている。最終手段を講じて訴えているもの、それは「自由への渇望」だ。
 
 自由なき生存、奴隷的生存は、耐えられないのである。体を燃やすという自由を、最終手段として講ずるのだ。

 教育勅語の「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ」。もはや日本​という公のために、危急の事態が生じたら、正義心から勇​気を持って公のために奉仕する日本人はいなくなってしま​ったかのようだ。

 
 たとえ、議席がなくとも、アナーキズムに陥っている日本に、「宗教政党」が存在し、「宗教的正しさ」に立脚した政策を訴えていくことは、心ある日本人のどなたかの魂に届くと思うのである。

 いや、少なくとも遅れてくる青年たちにとって、いかなる環境下にあっても「正義」を希求していた日本人が存在し続けた事実を積み重ねることは、大切なことであると思う。

 
 ますらをの
 愛しき命
 積み重ね
 積み重ねまもる
 大和島根を    三井甲之


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いじめと教育勅語 2012/7/20(金)

 歴史街道8月号に、明治天皇の特集があった。
その中で、渡部昇一氏の論考があり、その中で、
ある校長先生のコメントが紹介されていた。

「非行に走る子供たちでも、その親が教育勅語を学んでいた世代は、行いを改めさせることは、そう難しいことではありませんでした。ところが、親も教育勅語を知らない世代になると、なかなか手も足も出ません」


 実は、このセリフは、私は実母からも聴いていたセリフでした。母は大正13年生まれで鬼籍の人ですが、教育勅語世代なんですね。

 いじめ問題が再び全国ニュースで再燃しておりますが、親、教師が道徳的な拠り所を持っていなければ根本解決は難しいでしょうね。

 ここでいう道徳は、現代でいうところの宗教的真理から逃れて、同時に何らかの精神的なものを教えるための、アリバイとしての浅薄な記号・道徳ではない。

 「教育勅語」といえば、時代遅れの軍国主義、反動的封建制の残滓、右翼、等々条件反射的にマイナスのイメージが湧いてくるだろう。

 しかし、真実は断じてさにあらず。

明治天皇の意向で、骨子を作ったのは井上毅であった。

 井上毅は、日本の古代からの歴史を踏まえ、心血を注いで原案を作った。特定の宗教、思想、信条、特定の政治団体を排除しない、全国民が受け入れられるものにしようとした。

 井上毅以外にも原案が作られたが、あるものはキリスト教色が強すぎたり、あるものは、儒教の色が強すぎたりして、井上毅が、それらの綜合を試みた。

国家神道の時代に、そういう配慮がなされたということは特筆すべきことだったかもしれない。

それだけ井上毅は、普遍性を求めたといえます。古代社会でも、貴族社会でも、武家社会でも、近代国家でも通用する普遍性を求めた。だから、現代社会でも通用するということです。


中国やヨーロッパでは、一人の豪傑がおって、多くの土地を占領し、一つの政府を立てて支配し、その征服の結果をもって国となる。

 しかし、日本は、天皇が心の鏡で国民の心を照らし、そこに映ったものを見る、聴く、知るところから国がなりたっているという、それが国の意味であるという。三種の神器で鏡が一番大切となる。

 ちなみに、聴くとは、十四の心で聞くという意味。十四の根拠は八正道と六波羅蜜です。


国民を支配するんじゃなくて、国民の心を知るところから国が成り立つっている。

 天皇は、国民の声を聴き、それを心の鏡に映して、国を治めてきた、天皇の徳で国を治めてきた。

その天皇が、国民に向けて届けたいわば「手紙」みたいなものが「教育勅語」だった。

戦争の時に、軍人に利用されたという面はあったかもしれませんが、本来の精神は、そういうことなんです。

 私は、戦前の体制に戻せといっているわけではありません。

日本という国に、一本精神棒を入れる必要がある。これは、幸福実現党が宗教政党として立党した立党精神でもあります。

 国を治める政治家は、徳をもって仏神の心そして、国民の心を鏡に映す。そして、教育においては、普遍的な宗教心を教える必要があると思います。

 徳治主義的民主主義を幸福実現党は標榜してます。

井上毅が求めたように、特定の宗教、宗派を排除するものでなく、普遍性、つまり世界人類にも通用する普遍性をもった宗教心を教える必要があるのではないでしょうか。

 正しい宗教心の復活なくしていじめ問題の根本的解決はないと思います。


教育勅語現代語訳 
 http://www.h6.dion.ne.jp/~chusan55/kobore8/4132chokugo.htm

私が思うには、我が皇室の先祖が国を始められたのは、はるかに遠い昔のことで、代々築かれてきた徳は深く厚いものでした。

我が国民は忠義と孝行を尽くし、全国民が心を一つにして、世々にわたって立派な行いをしてきたことは、わが国のすぐれたところであり、教育の根源もまたそこにあります。

 あなたたち国民は、父母に孝行し、兄弟仲良くし、夫婦は仲むつまじく、友達とは互いに信じあい、行動は慎み深く、他人に博愛の手を差し伸べ、学問を修め、仕事を習い、それによって知能をさらに開き起こし、徳と才能を磨き上げ、進んで公共の利益や世間の務めに尽力し、いつも憲法を重んじ、法律に従いなさい。

そしてもし危急の事態が生じたら、正義心から勇気を持って公のために奉仕し、それによって永遠に続く皇室の運命を助けるようにしなさい。

これらのことは、単にあなた方が忠義心あつく善良な国民であるということだけではなく、あなた方の祖先が残した良い風習を褒め称えることでもあります。

 このような道は、実にわが皇室の祖先が残された教訓であり、その子孫と国民が共に守っていかねばならぬことで、昔も今も変わらず、国の内外をも問わず、間違いのない道理です。

私はあなた方国民と共にこの教えを胸中に銘記して守り、皆一致して立派な行いをしてゆくことを切に願っています。

明治二十三年十月三十日
天皇の署名と印




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個人的小沢一郎考 政官攻防戦の敗北者としての小沢一郎〜 2012/7/11(水)


 本日のHRPニュースファイル330「国難の元凶」財務官僚、マスコミによる国家支配を許すな!を担当させて頂き、UPいたしました。お読み頂けたら幸いです。

 http://www.hr-party.jp/new/2012/26627.html

 HRPニュースを新聞としたら、以下は、週刊誌的個人的所感を綴ってみたとご理解くださればありがたいです。党を代表する公的見解ではないことをお断りしておきます。



個人的、小沢一郎考・・・

 平成政治史というものが編纂されるとしたら、間違いなく小沢氏は、前半?の主役だ。
後世、破壊王、壊し屋と異名をとるだろう。

自らの究極の目的が何であるのか理解できないと言われる小沢氏だが、2010年9月菅候補と争った民主党代表選での決意表明では、小沢氏の政治理念が珍しく鮮明に開陳されている。(http://goo.gl/roKx2


〜このままでは日本の行く末は暗澹たるものになる。こうした弊害をなくすため、まず官僚政治を打破し、政策決定を政治家の手に取り戻さなければならない。〜

〜しかしその改革は、明治維新以来、百四十年続く官僚主導の政治を、根っこから国民主導、政治主導に変えなければ、とても成し遂げられるものではありません。私の頭の中を占めているのは、その思いなのであります。〜


小沢氏の行動原理は官僚支配の打破、政党中心の政治にあると捉えて間違いなく、日本の自由民権運動、その中でも原敬の系譜を強く受け継ぐ「政治主導」の指導者であると東京茶会の渡瀬氏は云う。(東京茶会渡瀬裕哉氏ブログhttp://goo.gl/1anVh

明治以来の日本の統治は、「政」と「官」の攻防の歴史である。「藩閥官僚」に始まる「官」に対して「政」は絶えず挑戦し、絶えず敗れて来たという。(政官攻防史 金子仁洋著)

小沢氏が新党を立ち上げて対峙しているものは、野田官僚傀儡政権の背後に存在する日本の官僚機構そのもの。

民主・自民・公明の3党の談合、そしてマスコミの増税容認路線、これら増税翼賛体制の圧倒的力の前で、政治生命が消えつつあると見られている小沢氏の姿は、小沢氏も明治以来の日本の統治における「政」と「官」の攻防戦の「敗北者」であるという観点が浮かび上がる。

小沢氏がこの時期、ゴシップ記事で週刊文春から攻撃され政治的な影響力が殺がれることは、星亨、原敬、犬養毅らの政治指導者が辿った末路を見れば明らかであり、一連の小沢裁判もこの流れの中にあるものと捉えれば至極納得がいくと云う。(東京茶会渡瀬裕哉氏ブログhttp://goo.gl/1anVh

すると、小沢氏以上に、財務省を批判している幸福実現党も、政官攻防戦という戦の中にあるととらえれば、週刊文春から銃弾が発射されることは、歴史的必然かもしれない。

 一週刊誌の記事の背後に、日本の官僚支配体制を維持せんとする「意志」の存在を感じる。

私は、小沢新党を応援しようとしているのではありません。また官僚を単なる敵とみていません。日本の官僚の優秀さを、省益でなく国益、日本の発展のために使って頂きたいと願っています。

日本のマスコミは決して報道しない、日本の政官攻防史(官僚機構の支配体制の維持)を踏まえた大局的な視点から、現在の政局を逆照射し、誰が正しいかでなく、何が正しいかを考える契機にしたい。


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『尖閣諸島沖中国漁船衝突事件以前の日本 〜誰も耳を傾けない一人の日本人の演説〜』 2012/7/9(月)

『尖閣諸島沖中国漁船衝突事件以前の日本 〜誰も耳を傾けない一人の日本人の演説〜』

 3年前、2009年の夏、街角から「ウィグル・東トルキスタン・・」という言葉が聞こえてきた。日本に来て15年、「ウィグル・東トルキスタン」という言葉をこのような形で聞いたのは初めてだった。

 声のする方へ歩いていった。すると街宣カーの上で中年の男性が演説をしていた。ウィグルで何が起こっているか延々と語っていた。

 私は、日本にそんな政治家がいるとは思わなかった。驚くべきことだった。

街は、帰宅するサラリーマンで一杯だった。

 しかし、その演説に誰も振り返ろうとはしなかった。

周りでは数名の人々がビラを配っていた。しかし、誰一人そのビラをとろうとはしなかった・・ちょっと立ち止まって聞こうともしない。

 これは、映画「ファイナル・ジャジメント」の一シーンの話ではない。

2009年の夏、東京品川区田町駅前での出来事である。


〜誰も耳を傾けない一人の日本人の演説〜

http://www.ustream.tv/recorded/23868957

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只一人にても幸福実現党の旗を守り抜かん 2012/7/8(日)

7月7日、HS政経塾江夏正敏塾長と、岐阜1区支部長のはらの​りこ氏と新岐阜交差点で街宣。
http://www.ustream.tv/recorded/23819391
この後、板垣退助遭難の地(岐阜公​園内)板垣退助銅像を訪問する。
同日、午後7時より、岐阜ふれあ​い会館で講演会。
ウィグル出身のT氏より、中狂もとい、中共によ​るウィグル弾圧について、江夏塾長より、迫りくる中国の脅威につ​いて、熱烈なる演説を賜る。
 幸福実現党立党の精神、原点が甦る。我らが身体に流れる熱き血​潮沸騰せり。
江夏塾長舌鋒火を噴く、板垣退助の自由民権運動の真実の「魂」を​知る。

思わず、故南原宏治氏の獅子吼を想いだす。

以下、『青春』南原宏治より抜粋

『 青 春 』     南原宏治


青春とは、人生の或る一時期を言うのではない
魂の在り方を言うのだ

躍動する想像力

逞ましき意志

激しい情熱と至純な行動

匂い立つ気風鮮烈な心

小心翼々を蹴上げる勇猛心

安易に組みしない冒険心

限りなき優しさ

果てしない夢

こういう様相を青春というのだ


・・・中略・・・


幸福維新の子等よ 同志よ 回天の志士達よ

只一人にても幸福実現党の旗を守り抜かん

翩翻(へんぽん)と ひるがえる星旗の下

大将の御馬前(ごばぜん)にて討死せむこそ望なれ

又たとえ

酷暑南瞑(こくしょなんめい)・北辺極寒(ほくへんごくかん)何れの地にあれ

我等いとわず

いづくに在りとも

我等使命に立向わん

承詔必謹(しょうしょうひっきん)

みことのりを うけたまわらば 必ず

つつしみてお受けしてぞよ仏子なり

幸福維新の益良雄(ますらお)なり

いざ征かむ

光の行軍 光の戦場へ

我等幸福実現党の強者(つわもの)達よ

祖国日本の旗の下

幸福維新勢の面目かけて

先陣駆けて敵陣を突切らむ

いざ友よ 同志よ 斗いの志士達よ

青春は この一戦 この一期(いちご)

この秋(とき)をおいて他になし

前に 前に 前に進もう


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岐阜公園板垣退助像前で、HS政経塾江夏正敏塾長と
一憂国者の紙つぶて 加納有輝彦

全国民必読の論考『勝栄二郎次官は異例の在任3年目に突入』山田厚史の「世界かわら版」 2012/7/5(木)

 ダイヤモンド社のビジネス情報サイト、ダイヤモンド・オンラインの山田厚史の世界かわら版の第13回(7/5)の論考、『勝栄二郎次官は異例の在任3年目に突入』は是非、多くの国民に読んで頂きたい。

 http://diamond.jp/articles/-/21105


ここに書いてあることが、財務省の星☆!野田飛雄馬、いや、野​田佳彦の『大増税一直線政治』のすべてのすべての顛末である。

 岡目八目、知らぬは国会議員たちのみ。

 マスコミに洗脳され増税​を受け入れた国民B層(広告代理店のいうところの、B=バカ)を​責めるのは酷だろう。

 徴税権と国税査察権両方を握っている日本の事実上の支配者・財務省と本当に戦っているのは幸福実現党大川隆​法名誉総裁ただ一人といっても過言ではない。(評論家の立場でな​く、政治団体{財務省に対する圧力団体}を創立するレベルにおけ​る戦いを断行してまでも・・・そんな人はいない。)

 このまま怒れることなく、ズルズルと貧乏国家・三等国家に転落​することを看過できない。

 表記、本文から少し引用させて頂きます。お時間のない方は、この引用だけでも読んで頂ければ大意ご理解頂けると思います。


●国会や選挙で責任を問われない官僚が、国会の外に長期政権を築き統治する。これが日本の特徴である。


●民主党は野田、自民党が谷垣。今を逃したら消費税増税のチャンスは回ってこない、と財務省は舞い上がった。谷垣自民党とは話がついている。あとは民主党内の反対を押し切るだけ。税調会長の藤井、財務相の安住、さらに岡田克也を副首相にして、野田を含めた4人を神輿に載せて(勝栄二郎財務事務次官は)突っ走った。


●IMFは国際機関だが、財務省が理事や幹部職員を多数派遣しており、「対日審査報告書」は財務省による「腹話術」、つまり財務省が言いにくいことをIMFの口を借りて発言する、という構造である。


●小さな商店や下請け業者が、消費税を価格に転嫁できず、納税できないことが問題になっている。10%に引き上げれば、滞納はさらに増え、消費税倒産も広がりかねない。


●「政権交代すれば予算の無駄を徹底的に削る。10兆円くらいは簡単だ」と言っていたのは、増税大御所の藤井・民主党最高顧問だ。その民主党は、約束したマニフェストをすべて棚上げし増税だけを決めて、分裂した。


●前回の増税は、社会党党首だった村山政権で増税が決まり、自民党の橋本政権が実施した。不人気政策を社会党にやらせ、そのあと権力に就いた橋本首相は、増税後の経済悪化に直面した。財務省に騙された、と悔やんだという。


●誰の目にも財務省主導の増税である。しかし事務次官は政策に責任を持てない。野田首相以上に「命がけ」で取り組んでいる勝栄二郎次官の採る道は一つ。そこまで信念を持って政治に関わっているなら、「財政再建党」を作って政界に打って出ることをお勧めする。


 このように、官僚は、政治責任を取れない、取る必要がない。そんな官僚が、ここまで日本の政治を壟断していいのか。野田総理の政治生命など、事実上、国民にとって「ゼロ」何も存在していない。

 乃木大将が、自らの御子息を戦死させ、明治天皇の崩御を見届けて「自死」した時、それは多くの遺族・国民の溜飲を下げた。乃木大将は、二百三高地攻防戦に政治生命をかけたといっても理解できる。

 しかし、野田総理の政治生命とはなんなのか。総辞職、あるいは解散することなのか。
そんなものは、国民にとって、何も意味しない。

 国民の生活が破壊されても、誰も責任を取らないのである。

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壮大なる「やせ我慢」をこそ貫け。 2012/7/2(月)

 政治家もマスコミも、政局一辺倒の大狂想曲だ。

渡部昇一氏の言葉です。

〜真実「弱者」であったとしても、この「やせ我慢」に徹することによって、卑屈にならず精神の「強者」になることが出来る。

目先の利益は何も生まない世の信義・道義を煩わしく思い、そうしたものをないがしろにして富や地位を得るのは、むしろ容易な道である。

 そうした容易な報酬の誘惑に、日夜さらされながらも、やはり人間として、男として、父親として恥ずべき容易なこと、卑劣なこと、筋の通らないことは、断じてやらないという壮大なる「やせ我慢」こそが、今の父親に求められている。(渡部昇一著:父の哲学より)〜


ここ数年、国民の前に晒された政治家の姿とは、人間として、男として、父親として恥ずべき容易なこと、卑劣なこと、筋の通らないことを、恥じる様子なく、反省する様子なく、堂々と行ってきた、卑屈な姿の数々であった。

 いまこそ、卑劣なこと、筋の通らないことは、断じてやらないという壮大なる「やせ我慢」こそが望まれている。

 私自身も、壮大なやせ我慢の最中にある。

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自民党は死んだ「野党ですらなかった自民党」 2012/6/30(土)

 渡部昇一氏は、『激論第5号』で中川八洋氏との対談でこう述べていた。

〜実は、2009年9月、民主党政権ができて以来、私はずっと感じてきたことがあります。”自民党は果たして野党なのか”という、自民党への疑問です。
 本質的・イデオロギー的な問題になると、与党・民主党と対決しない、与党・民主党の非を糾弾しない、そのような傾向が顕著な政党が自民党です。
 これでは、野党ですらありません。現に自民党は、大企業の東電を守ろうとはしませんでした。保守政党ですらないのです。〜


 この対談は、6/26衆院で、民・自・公の賛成多数で消費税増税関連法案が採決される前のものだ。

 渡部昇一氏の慧眼恐るべし。左翼の嵐が吹き荒れた昭和40年代も(現在も吹き荒れているが)、時代に迎合することなく闘ってこられたが、その時代を見通す眼がいかに正しかったかは、時代そのものが証明している。

 自民党は、与党では当然ない。しかし、野党ですらなかった。
野党ならば、本質的・イデオロギー的な問題に対しては、与党と徹底的に闘わなければならないのである。暴力はもちろん否定されるが、徹底的な言論戦で闘わなけれなならないのである。

 自民党が、「自由民主主義」を標榜するのなら、本来、国家社会主義を標榜する(菅政権時は、共産主義革命)与党・民主党とは、徹底的に闘うことこそ、自民党自身のレーゾンデートル(存在理由)そのものだったはずだ。

 しかし、自民党は、菅直人元総理の「反原発革命」と闘わなかった。

 そして、今回、国家社会主義・官僚社会主義(重税国家・大きな政府)に誘導するところの「消費税増税法案」を自民党は、闘うどころか、民主党と談合して国民不在のまま可決してしまった。

 自民党は、野党ですらなかった。
 自民党は、自由の看板を自ら下げ、店じまいをした。

 自民党も民主党も、同じ「国家社会主義党」であったのである。(読者のみなさんはとっくにご存知だったと思いますが)

 自民党は、完全に死んだ。

 保守政党ですらなくなった。

コミュニスト菅直人の犬と堕し、今回、国家社会主義者野田佳彦(本当はそのよな思想すらなく、単に財務官僚のポチだったわけだが)の犬と堕したのである。

 私は自民党に真正・保守としての幻想をまだどこかに抱いていたようだ。

事実は、与党・民主党を徹底的に告発し続けてきたのは、場外からではあったが「幸福実現党」であったのである。とりわけ大川隆法党名誉総裁が、歴代総理、鳩山、官、野田、そして平成大不況の戦犯、三重野元日銀総裁、現白川総裁、影の帝王、勝栄二郎氏個人の本音を、世に暴露し彼らの間違いを告発し続けてこられたのである。

 与党民主党と、徹底抗戦したのは、幸福実現党であったのだ。場外(野に下って)からという意味で、真の野党だったかもしれない。

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きけ じえいぎょうしゃのこえ 2012/6/27(水)

 本日、消費増税を柱とする社会保障と税の一体改革関連法案が民主、自民、公明3党などの賛成多数により可決されました。

 報道は、小沢グループの離脱、新党結成か?等々、政局がらみに終始したものばかりの中で、人々の街頭インタビューがせめてもの国民の声であり報道価値があると見えます。

 どの街頭インタビューを報道するかも恣意的判断が働き、果たしてフェアーな報道がなされているか定かでありません。
 が、そこから国民の切実なる本当の声が漏れ聞こえてきます。

特に、中小企業、自営業者のインタビューは本音に満ちた切実なものばかりです。彼らはほとんどが消費税増税に反対です。もう廃業するしかなくなる・・・、もう消費税を吸収しきれない、勘弁してほしい・・・、税金払うためだけに仕事しているようなもの・・・。

 中小企業庁が2002年に実施した調査によりますと、売り上げ規模が小さくなればなるほど、価格に消費税を転嫁できないと答える事業者の比率が高くなります。
売り上げ年間3000万円以下の事業者の、なんと、52%の事業者が、完全な転嫁はできないと答えています。そして30%の事業者が、ほとんど転嫁できないと答えています。

 10年前のデータですが、2002年から状況はさらに悪化しており問題の本質は変わっていません。

価格転嫁の問題は、今国会でもしばしば議論されています。岡田副総理は、「立場の弱い零細中小企業が価格転嫁できるように監視を強めていきます。」「法律で監視します。」「法で取り締まります。」
といとも簡単に答弁していますが、果たして、価格転嫁の問題を監視し、時に法律で取り締まるなんてことが可能でしょうか。

 企業は、粗利で生きています。粗利がすべてです。粗利とは売価と仕入原価の差額です。

よって、粗利を確保するために、言葉は悪いですが、仕入れ先をたたくということは「普遍的商行為」として存在し続けているのです。

 大手の下請け業者が、厳しい価格のもとで、さらに企業努力して利益を増やしても、「そんなに利益が出るのなら、さらに単価を下げさせてもらう」みたいな話も同じです。

 企業は、動物的に粗利を確保しようとするのです。粗利で企業が生きているから当然のことです。

 消費税の増税分を、下請けに泣いてもらうというようなケースは、全国のあちこちで間違いなく出てくるでしょう。

 一体、岡田副総理は、それらの幾万、幾十万、幾千万の取引をどう監視するというのでしょうか。密告・通告を奨励するのでしょうか。

 おそらく、救済センターのような機関を作って、国が民間の商取引に介入するのでしょう。

全て、国のお世話になるという世界。これは社会主義国家になるということです。

 国家の介入、監視が強くなる社会。それは、国民の奴隷化が始まるという事です。

 年金、介護、医療、そして企業の商行為にまでどんどん国家が介入してくる。重税国家日本。

所得税、住民税、消費税等々の大増税の行く先は、国家社会主義、重税国家です。日本は完全に間違った方向に行きつつあるのです。

 夜警国家(国家の機能を、外敵の防御、国内の治安維持など最小限の夜警的な役割に限定した国家)でいいのだ。もう勘弁してくれ。

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一番の卑怯者は自民党??? 2012/6/25(月)

いよいよ明後日26日、衆院で消費税増税法案の採決が予定されている。
小沢グループが、54人を確保できるかの報道でもちきりだが、消費税増税法案そのものに関しては、自民・公明の賛成で可決されるだろうと報道されている。

決められない政治から脱却ということで、盛んに決めろ決めろとマスコミは云う。(そのくせ自分たちは軽減税率をちゃっかり求めている。武士道は消えた。)

しかし、間違った政策を決めてもらってはこまるのである。デフレ期に一番やってはいけない増税をやると決めてもらってはこまるのである。

小沢グループに関しては、毀誉褒貶が激しいだろう。特に一時期展開した「親中朝貢外交」はとうてい許しがたいものがある。

 しかし、いま現在の断面を切り取ってみるとき、どうだろう。

政治生命をかけた決断を迫られているのは、良きにつけ、悪しきにつけ消費税増税に反対する小沢グループの議員たちではないか。

野田総理も、間違った方向とはいえ、なにがしかの政治生命を賭しているのかもしれない。


問題は、自民党だ。自民党の中にもかつての上げ潮派といわれた議員たちもいるだろう。

自民党議員に問う。

 いま、あなたがが最も、政治生命を賭した決断から遠いところにいる。高みの見物をしている。日本がこれから貧乏になるか、どうかの瀬戸際に立たされているときに、野田政権と談合し、消費税増税法案に賛同するとは、許しがたい背信行為だ。

 これは、自民党がもともと消費税増税を掲げていたということと関係ない。
主権者国民は、増税に半数以上反対であり、2009年の衆院選、2010年の参院選、ともに増税に対し承諾していないからだ。

 間接民主主義とはいえ、国民がまだ承諾を与えていない。あなた方は、増税に関し、国民の負託を得ていない。

 談合に加担し、所費税増税法案に賛成する国会議員は、国民の敵である。とりわけ自民党議員たちだ。あなた方の責任は重い。

 今回、濡れ手に粟で政権がころがり込むとでも思っているのだろうか。

今回の談合政治で、既成政党への信頼は消え去り地に落ちた。
これらの反動は、恐ろしいものであるという事を知るべきだ。

 人間が怒っているだけでない。

 天が怒っていることを人間は忘れてはいけないだろう。

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民主・自民の修正合意は、「悪徳代官談合政治」である。 2012/6/23(土)


自民党ももはや国民の敵となった。
腰抜け自民党は、以下の難詰に応えてみよ。


山際澄夫氏のツイッターから

「自民党よ、本当に意気地のないやつばっかりだな、マスコミに叱られるのが恐くて民主党と手を組んだのかね。打倒民主党で自民党を応援してきた国民にどう申し訳するのかね。 いまからでも遅くない合意なんかぶっ壊せ!」


大川隆法氏著作「「もしケインズなら日本経済をどうするか」のまえがきから

〜3/11の大震災で無力感に打ちひしがれ、思考力を麻痺させられている従順な国民の良心にだまし打ちをかけ、長期増税を押し付けるなど、地獄の悪魔も尻尾を巻いて逃げ出す所業だ
さらにマスコミをも懐柔し、増税しても「国会解散」に持ち込ませないように画策している様は、民主政治ならぬ、「悪徳代官談合政治」である。〜

〜与党・民主党のマニフェストがすべて「ウソ」と証明された今、下野するのは当然だろう。国民を愚民視するんじゃない。〜

どうやら自民党も下野する必要がある。


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